1 悪役令嬢の友人
貴族の通う国立学校に、侯爵令嬢エミリア・バレンスは通っていた。
エミリアは見た目が華やかで、エミリア自身にそんなつもりはないのにその迫力のある美しさは近寄りがたい空気を出してしまうようで、中々親しいと言える友人ができなかった。
そんなエミリアに臆面もなく話しかけてきたのがモニカだ。
「はじめまして、バレンス様。私はモニカ・ライシリルです!」
元気よく挨拶をしてきたモニカに、エミリアはすぐに反応出来ずにぽかんとした。
本来なら爵位が下の者から話しかけるのはマナー違反ではあるが、学校内においては人脈を作るという、貴族として生きていく者として必要な役目も含まれていることから、それほど忌避されることではない。
社交界でそれをしたら一発アウトだが、学校内ではギリギリセーフだ。
とはいえ、エミリアに話しかけてくる子はほとんどおらず、これまでできた友人もいつの間にか離れていった。
だからこそ、エミリア自身はモニカが、話しかけてくれたことが本当に嬉しかった。
「ずっとお話したいと思ってたんです! これからたまに話しかけてもいいですか?」
貴族としては感情を隠さない天真爛漫な笑顔を浮かべるモニカに、エミリアは好印象を感じた。
「たまにじゃなくて、いつでも話しかけて。敬語も必要ないわ。クラスメイトでしょう?」
はにかむように笑ったエミリア。
その笑顔を見た同じクラスの令息が顔を真っ赤にしたのには気がつかず。
エミリアは気がついていなかったが、エミリアに話しかけたいと機会を窺っていた男子生徒は多かった。
「あそこに天使、いや、女神がいるっ!」
「俺も話しかけたい……」
「ちょ、ちょっとぐらいなら……」
ふらふらと、花に誘われる虫のように近づいていこうとする者を、別の男子が慌てて止める。
「やめとけ。あの方に目付けられるぞ」
「そうだぞ。消されたいのか!?」
などというやり取りはエミリアには届いていなかった。
それから、エミリアとモニカとはあっという間に仲良くなる。
明るく、話し上手なモニカは社交的で、話し下手なエミリアとも相性が良かった。
モニカは子爵の生まれであり、エミリアと家格の差はあったが、身分の差など関係なしに対等に話せる親友ができたとエミリアは嬉しくてならなかったのだ。
モニカと廊下を歩いていると、生徒達が我先にと道を開けていく。
それにならって、エミリアとモニカも廊下の端に移動した。
そんな生徒の中を颯爽と歩いてくるのは、公爵令息のウェルクス・リーゼルドだ。
次期公爵である。
王位継承権を持つほど高貴な血筋の彼は、成績優秀であるのはもちろんのこと、騎士団からも勧誘が来るほど剣技に長けた。
長身で細身ながら筋肉もついておりスタイルが良く、さらにその顔立ちは一目で女性を虜にするほど綺麗で整った顔立ちをしている。
ただ歩いている姿すら洗練されており、女子生徒に限らず、男子生徒からも憧れの対象だった。
女子生徒からの熱い眼差しを受けても顔色ひとつ変えないウェルクスが笑っているところは一度として見た者はおらず、生徒達からウェルクスは『氷の貴公子』などと呼ばれていた。
どんな美女に秋波を送られても冷たい態度で心を許さないウェルクスにはいまだ婚約者はおらず、いったい誰がウェルクスを射止めるのかと、学校内だけでなく貴族の間でも注目されていた。
そんなウェルクスが一瞬だけちらりとエミリアに目を向けた。
エミリアはドキリとするが、気がついた者はいない。
「わあ、ウェルクス様って本当にかっこいい……」
ほうっと見惚れるモニカに、エミリアは注意する。
「モニカ、公爵家の方の名前を親しげに呼ぶのは良くないわ」
「分かっているわよ。エミリアったら真面目なんだから。エミリアしか聞いてないから大丈夫。他の人の前ではちゃんとするもの」
頬を膨らませむくれるモニカはその愛らしい顔立ちも相まってとても可愛らしい。
これをエミリアがしても、あざとさが勝って可愛いなどと好意的な評価にはならないだろう。
そう思うと自分にはない、モニカの可愛らしさが羨ましくあった。
「ああ、一度でいいからお話してみたいわ。あの方の目に自分が映るなんて、考えただけでドキドキしちゃう」
頬を染めてうっとりとするモニカに、エミリアは苦笑する。
「モニカにはきちんとした婚約者がいるでしょう? ロッド様が焼きもちを焼いてしまうわよ」
「……そうね」
一瞬モニカから表情が消えた気がしたが、次の瞬間にはにっこりと笑うモニカがいた。
「ねえ、今日もマルティンと三人でランチしようね」
モニカの言う、マルティンとは、マルティン・ロッド。
モニカの婚約者で、モニカと同じ子爵出身の令息だ。
「モニカ、私はいいから、二人で食べて。お邪魔になってしまうし」
エミリアは困ったように笑う。
そこには、察してほしいという願望が含まれていたが、モニカはまったく気にした様子もなく、エミリアの手を握った。
「気にしなくていいのよ! マルティンだって、エミリアと話せるのを楽しみにしているんだから」
「でも……」
エミリアは困った顔をする。
モニカは婚約者のマルティンと毎日ランチを一緒にしているのだが、その場にエミリアを同席させたがった。
エミリアも最初こそ、婚約者といる場に同席させるほど自分を信頼してくれているのだと喜んだが、毎日だとそう喜んでも言っていられなくなる。
婚約者の逢瀬を邪魔してはいけないと気を利かせて断るのだが、モニカはそんな気遣いは聞いていないようにエミリアを同席させる。
婚約者との時間を邪魔している自覚があるために、遠慮し、時にははっきりと断ったりもしたが、モニカの婚約者であるマルティンもが、モニカに同意してエミリアの同席を喜んだのだ。
他にランチを一緒にする相手などいないエミリアをかわいそうに思って気を遣ってくれているのかもしれないが、エミリアとしては居たたまれない。
それならモニカに呼ばれる前に先に食堂へ行って一人で食べようとしたりもしたが、必ずモニカとマルティンが寄って来て、結局三人で食べることになるのであまり意味はなかった。
どう伝えたら分かってくれるだろうかと、エミリアは日々頭を悩ませている。
問題はそれだけではない。
モニカという婚約者がいながら、マルティンがやけに馴れ馴れしいのである。
婚約者の友人と仲よくしようと努力してくれているんだろうと、最初は笑って見すごしていたが、エミリアの肩に手を乗せたり、時には手を握ってきたり、その馴れ馴れしさは次第に度が過ぎていく。
子爵の令息が、侯爵家の令嬢にする接し方とすればかなりの問題だ。
それでも強く拒否しないのは、モニカの婚約者だからに他ならない。
そうでなかったら、家を通して厳重注意しているところだ。
いい加減限界に来ていたエミリアは、モニカに相談することにした。
モニカとて、きっといい気はしていないはずに決まっているから。
「モニカ、やっぱり婚約者の二人の間に私が入り込むのはよくないと思うの」
「えー、気にしなくていいよ」
「そういうわけにはいかないわ。だって二人は婚約しているんだし、いくら私がモニカの友人だとしても、それなりの距離感は取った方が良いわ。ほら、私だってそろそろ婚約者を決めないといけない年齢になっているんだし」
「え!? エミリア、婚約するの!?」
「あ、たとえよ、たとえ」
(危ない。彼との話はまだ内緒だったわ。でも、ロッド様のあの馴れ馴れしさは本当に嫌なのよね。モニカには悪いけれど、嫌悪感で手を振り払わないように我慢するのがせいいっぱいなんだもの。空気が悪くなると思って我慢しているけれど)
あの人との件はまだ内緒だと思い出して、エミリアは慌てて誤魔化しつつ、最愛の人のことを思い浮かべていたエミリアの前で、モニカは何故かほっとした様子だった。
「たとえかぁ。それならいいじゃない。ねっ?」
ニコニコと悪意のない無邪気な笑顔を浮かべるモニカに、エミリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「でもね、周りの人達はあまりよく思っていないみたいなの。私が二人の時間を邪魔している悪女だって話している人がいるのを、モニカだって気がついているでしょう?」
つい最近、王都で流行っている劇で、仲のいい婚約者を邪魔する悪役の令嬢が登場するのだ。
貴族のほとんどの若い令嬢が見に行っているとも聞く。
そんな子達が、モニカとマルティンの間にエミリアが割り込んでいるのを見て、似た状況のエミリアを悪女のように噂し始めているのだ。
マルティンが、エミリアに対して、婚約者の友人に対するものとは思えないほど、距離感が近いのもその噂に拍車をかけていた。
別にエミリアの方から近付いているわけではないのに。
(ロッド様には何度も距離感をお考え下さいと苦言を呈しているのに、聞き入れてくれないし、モニカも止めるどころか笑って見ているだけなんですもの。婚約者が友人とは言え、他の女性に馴れ馴れしく触れていてモニカは嫌じゃないのかしら?)
自分だったら絶対に嫌だと、愛する彼が同じような状況になったのを思い浮かべ、想像しただけで嫉妬の炎が燃え上がるのを感じる。
エミリアの気も知らず、モニカは呑気に笑っている。
「そんなの気にしなきゃいいわよ。それか、エミリアがマルティンと婚約しちゃえば、そんな噂なくなっちゃうんじゃない? 婚約者はまだいないんでしょう?」
ぎょっとするエミリア。
「なにを言ってるの!? そんなことできるわけないわ」
「私のことなら気にしなくていいのよ。マルティンとは幼馴染みで、正直兄妹みたいにしか思えないんだもの。エミリアが望むならすぐにだって婚約は解消するから。マルティンもなんだかエミリアのことを気に入っているみたいだし」
などと、モニカはとんでもないことを言い出した。
「マルティンはとってもいい人だから考えてみてよ」
「それはさすがに無理よ……」
侯爵家と子爵家とでは身分差が大きすぎる。
たとえ許されたとしても、今度は周囲から、ほらみたことかと、親友の婚約者を寝取った女として、社交界では致命的な評価をつけられるのは目に見えている。
モニカはそれが分からないのだろうか。
エミリアは少し、モニカへの見方が変わり始めていた。




