曇天は初デート日和1
「珍しいね、ダスカー雑貨店が昼前に閉まるなんて」
ある日の朝、いつものように洗剤を買いに来たフォーバスさんが、店の扉に貼っておいた張り紙を見て不思議そうな顔をした。
フォーバスさんはお祖父ちゃんが店主をしていた時からの常連さんで、王都の貴族の間で流行っている香りつきの衣類用洗剤を気に入って、なくなると買いに来る。
そんな珍しいものを売っているのはダスカー雑貨店だけだ、と言って喜んでくれるので、私も品切れを起こさないように定期的に仕入れている。
「正確にはレナちゃんが店主になってからのダスカー雑貨店が、だな。ライアン爺さんの時は気まぐれで閉まったりしていたから」
「お祖父ちゃんは気分屋でしたからね」
こうして昔からの常連さんと話していると、当たり前のようにお祖父ちゃんの話が出る。
常連さんは懐かしい、と喜んでくれるけれど、その度に私の心は寂しさでざわつく。
この世でたった一人、私が大好きだった親族。
損得抜きで私のことを大切に想ってくれていたただ一人の人。
そのお祖父ちゃんが亡くなってから、もう一年の月日が流れている。
「今日は仕入れか何かかい? レナちゃんは真面目すぎるから、少しは休んで息を抜いた方がいいよ」
「ありがとう、フォーバスさん。でも、大丈夫。今日は私用で外出するからお昼にお店を閉めるのよ」
「そうなのかい!?」
フォーバスさんはパッと顔を明るくした。
「それはよかった。ザヴァルくんとデートでもするのかな?」
「ザヴァルじゃないけど……」
ふと、そういえばジーンが前に言っていたことを思い出す。
「デートはデート、かもね」
ジーンが初デート、とか言っていたっけ。
私にそんなつもりはないし、ジーンも冗談で言ったのだろうけど、いつもザヴァルとの仲を邪推してくる常連さんに一矢報いたい気持ちもあった。
だから話に乗ってそんなことを言ってみたら、私が思っていたよりフォーバスさんは驚いた顔をした。
「本当にデートなのか! しかもザヴァルくんじゃない相手……そうか振られたのか……今度慰めてやらなきゃな……」
なんだかブツブツと言っている。
私が首を傾げていると、フォーバスさんは窓の外を見た。
「でも、残念だね。せっかくのデートなのに曇り空だ」
たしかに今日はまるで夜のはじまりかのような暗い空が広がっている。
雲も厚く、日は見えそうにない。
そんな天気を見て、私はくすりと笑う。
「いいのよ、絶好のデート日和だわ」
予定通り昼前に店を閉めて片付けをしていると、時間よりも早くジーンがやってきた。
治安維持部隊の制服を着ていないジーンは、黒いシャツに黒いズボンと、全体を黒でまとめている。
「今日は早いわね」
「おかげさまで、家からここまでの道は覚えた」
ジーンはバツの悪そうな顔でそう言う。
「別に皮肉を言ってるわけじゃないわ」
「わかってるさ」
お店の売り上げを金庫に入れて鍵を閉めると私は立ち上がる。
「それじゃあ行きましょうか」
連れ立って店の外へ出ると相変わらずの曇天だった。
今日晴れ間が出ることはなさそうだ。
「デート日和になったわね」
「ふっ、そうだな」
ジーンも私につられて空を見上げて表情を和らげた。
今日の目的は私が清書した光の魔法陣が使用できるかどうかの確認だ。
街中で使うわけにもいかないので、街の外で試してみようということになっている。
だから、昼間でも曇っていて暗い今日は光魔法を試すにはもってこい、というわけだ。
「まぁ、私がただ紙に描いただけの魔法陣が使えるとは思ってないけど。おそらく失敗するわ」
「失敗することを確認することも必要だ」
「その通り」
私はお店の扉の鍵をしっかりと閉めるとジーンに向き直った。
「お待たせ」
「街の外へ行く前に昼、食べたか?」
「あ、ううん。食べてない」
「じゃあ南商業区で食べていくか?」
「いいわね」
私達は連れ立って歩き出す。
ジーンはまだ道に自信がないので、私の方が半歩先を行く。
「店は任せてもいいか? 俺はここに来てほとんど店で食べていないんだ」
「いいけど……いつもどうしてるの? 一人暮らしなのよね?」
「ああ。たいてい自分で作って食べてる」
「自分で作るの!? 仕事後に?」
失礼ながらジーンと料理という言葉が結びつかなくて驚いてしまう。
「そうだ。簡単なものしか作らないがな」
「へぇ、偉いのね」
私でも大変なのに治安維持部隊という肉体労働を終えてから毎日料理を作るのは本当に偉いと思う。
素直に感心する。
「昔からの習慣でな。戦時隊にいた時は食堂で出たが、その前は自分で作ってたから」
「そうなの……」
料理を自分で作らなければならない子供時代。
そういえば私はまだジーンのことを何も知らない。
「ザヴァルとジーンはそういうところも全然違うのね。ザヴァルは料理なんてまったくできないから」
「あいつは親と暮らしてるんだろ?」
「そうよ。ザヴァルのお母様は料理上手なの」
「……家に行ったことがあるのか」
ジーンが渋い顔で独り言のようにつぶやく。
仲の悪いザヴァルの家に行くなんてジーンにとってみたら信じられないのかもしれない。
「ええ、時々呼んでくれるの。私の境遇を知ってるから、家族のように思ってねって言ってくださるんだけど、まぁなかなかそういうわけにもね……。だから、呼んでいただけた時だけ行ってるわ」
「……レナの境遇、か。聞いてもいいのか?」
ジーンが躊躇いがちに問いかけてきたのを聞いて気がつく。
私がジーンのことを知らないように、ジーンも私のことを知らないのだ。
「別に隠しているわけじゃないからいいけれど、そんなに楽しい話じゃないわよ」
「構わない。……レナが嫌でないのなら」
「ふふ、意外と気遣ってくれるのね」
「意外って……」
ジーンは苦い顔をする。
第一印象は最悪だったけれど、今ではその印象がずいぶん薄くなった。
少なくとも自分の境遇を話してもいいかな、と思うくらいには。
「街の往来でする話ではないから追々ね」
この街に古くから住む人はほとんど私の境遇を知っているけれど、それを改めて聞かれるというのはあまりいい気分ではない。
「それもそうだな。すまない」
ジーンはまた申し訳なさそうな顔をする。
そんな顔ばかりさせているとこちらがいじめているような気持ちになってくるので、私は明るい声で話題を変えることにした。
「あれから仕事はどう?」
「あぁ、特に何もない」
治安維持部隊なのだから何もないことは平和だという証で歓迎すべきことなのだが、ジーンはどこか物足りなさそうだ。
やはりまだ戦時隊のことを引きずっているらしい。
「手が空いているから周辺警備を手伝ってるよ」
「周辺警備を? 珍しいわね」
エバークラインは国境と接しているわけではないので周辺警備隊はいつも暇そうだ。
街の外周には魔物避けの魔法が張られているし。
「家畜牧場辺りで魔物の目撃情報があった。見間違いの可能性もあるが、念のために周辺警備隊が定期的に見回りをしているんだ」
「へぇ」
エバークラインの周辺は魔物もあまり出ないので街の外で家畜を育てていたり、住む人までいるので珍しいことだ。
「牧場の数も多いし敷地も広いからな、それで手伝ったんだが、特に魔物の気配もなかったし、俺達の出番はもう終わりかな」
「見間違いだったのかしらね」
恐らくそうだと思うけれど、普段家畜を扱う人達が生き物を見間違えるのか?という疑問は残る。
なんとなく引っかかった。
「今日もし魔物が出ても俺が守るから安心してくれ」
魔物が現れた理由を考えていたら、不安に思っていると勘違いしたのか、ジーンが腰の剣に手を当てて真面目な顔で言う。
自分の心配をしていたわけではないのだが、たしかに私に戦う能力はないので守ってもらえるのはありがたい。
「ありがとう、頼りにしているわね。あ、このお店とかどう?」
話しているうちに南商業区に着いている。
メイン通りの人気店を私は指差す。
骨付き肉が人気の店で、私も好きで時々食べる。
ジーンのような男性は肉が好きであろうという勝手な印象で選んでみた。
ジーンは店の外にある看板をじっと見て「旨そうだな」と、一言つぶやく。
私は小さく微笑んでから「それじゃあここにしましょうか」と、言って二人で店に入った。




