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その光は光明の光?4

 茜色の空が終わりを告げようとする中、私達はダスカー雑貨店を後にしてエバークラインの煉瓦の細道を進んでいく。

 すぐ後ろにはジーンが静かな足音と共についてきていて、大きすぎる影が私を覆っている。

 威圧感のある影に、私はそっと声をかけた。


「ダスカー雑貨店はエバークラインの北側、北商業区にあるのだけど、衣服屋さんなどがあるメイン通りからは外れていて、西住居区寄りにあるの。一番人通りが少なくて落ち着いているエリアね」


 親切丁寧に説明しているのに、背後から返事はない。

 聞いているのか不安になって私は振り向かないまま声をかける。


「方向音痴さん、聞いてる? エバークラインに来たばかりのジーンに私が特別に道案内してあげてるのに」

「……頼んでない」

「たしかに」


 私は即効で納得してしまった。


「じゃあ勝手にしゃべるわね」


 本当のところ、そんなに親しくもない人と無言でいることが私は苦手なのだ。


「治安維持部隊の詰め所があるのは中央区。国の施設が集まっているわ。街で一番賑わっているのは南商業区。主に飲食にまつわる店が集まっていて、市場がその中心。朝は食材を買い求める奥様方で賑わっているし、夜は仕事帰りに一杯飲んで帰る男性達で賑わうわ」


 今日の目的地に向けて淡々と歩を進めながら、私は口も止めずに続ける。


「東西は住居区になっていて、どちからといえば東区の方が富裕層が住んでいるわね。西区は一人暮らしの人も多いエリアになっているの」

「……それで、今日の目的地は? どこへ向かっているかくらいそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」


 私は顔は動かさずにちらりと後ろを見て一つ頷く。


「東住居区よ」

「東……富裕層が住むエリアに窃盗犯が?」

「窃盗犯がいるかはまだわからない。確かめたいことがあるだけ。……着いたわ」


 東住居区の北寄りの路地で私は足を止める。

 だいぶ登ってきたので息があがっていた。


「……ここに?」


 私達の視線の先には一軒の家がある。

 石造りのその家は平屋で、窓がいくつかあるがカーテンで閉め切られていて中の様子は伺い知れない。


「少しここで様子を見たいの」

「……わかった」


 ジーンは私に何を聞いても無駄だと悟ったのか、黙って付き合ってくれるようだ。


 人気の少ない路地でしばらく様子を見ていると、一人の女性が家の前に立った。

 エバークラインの街によくいる、家庭を持った奥様という風貌の女性だ。

 控えめにノックをすると、入口のドアが人一人入れる大きさ開き、女性はお辞儀をしてからスルッと中に入っていく。

 その後も一人、また一人と家の前に現れると、同じように家の中に入っていった。


「なんだ……? 来客……にしては多すぎる気がするが。パーティか何かか? いや、それにしては着飾っている様子はないが……」


 後ろに立つジーンがボソボソとひとりでに推理を始めている。

 そのまま様子を伺っていると、二十人程入ったところで人が途絶えた。

 辺りはすっかりと暗くなっている。


「そろそろここで何が起こっているのか教えてくれてもいいんじゃないか?」

「うーん、そうね。まだこの中に犯人がいるとまだ決まったわけじゃないから、そのつもりで聞いてね」

「……ああ」


 私はしっかりと釘を刺してから話を進める。


「この家は新興宗教の礼拝堂として使われているらしいの」

「……礼拝堂?」

「そう。王都でそれなりに人気が出てきた宗派が初めて郊外に進出したのがここらしいわ。だから、ただの家を借りて礼拝堂にするのも仕方のないことなんでしょうね。財力の問題で」


 ジーンは「ふん」とも「ふむ」とも取れる曖昧な相槌を打った。

 恐らく宗教が身近ではなく、ピンときていないのだろう。


「エバークラインで知名度を上げて信者を増やし、ゆくゆくは大きな礼拝堂を建てるのが当面の目標でしょうね」

「随分冷めた分析をするんだな」

「私はこの宗派を信じているわけじゃないもの。ましてや神なんて」


 神がいたとしたら、私はそれを恨むだろう。

 なぜあんな家に私を生まれさせたのか、と。


 私は頭を振る。

 今は自分のことを考えている時ではない。


「……ごめんなさいね、ジーンは神を信じているかもしれないのに」

「心配は無用だ。俺も神なんてものは信じちゃいない。スマーフ神教でもな」

「……そう」


 スマーフ王国で一番人気がある宗派がスマーフ神教だ。

 国教でこそないものの、スマーフ王国の王家にはスマーフ神の血が受け継がれているという神話もあり、国民の半数以上が信じていると言われる身近な宗派だ。

 私も昔は家族で礼拝に出かけていたものだけど、エバークラインに来てからは一度も行っていない。


 ジーンも神を信じない人か。

 それは不思議と私の心にほのかな温かさを残した。


「信じていない宗派のことにも詳しいとは、様々な事柄に知識があるというのは本当のことのようだ」

「知識だけだけどね。よく本を読むし、お店に来るお客様と話すし……あと、いろいろ、ね」

「……」


 ジーンは私の顔をじっと値踏みするように見る。

 ん?と、首をかしげると、何故か慌てて目をそらした。


「そ、それじゃあこの中では礼拝をやってるってことか?」

「そうなるわね」

「入っていったやつらが出てくるまで待つのか?」

「……そうね、恐らくそうなると思う」

「入っていったやつらの中に犯人が?」

「それはまだわからないけれど……」


 私は少し考えて、首を横に振る。


「可能性は低いわね」

「どうしてだ?」

「……見た感じ、お金に困るような人はいなかったと思うからよ」

「服装からか?」

「それもあるけれど……東住居区に住む人がほとんどだから」

「全員の名前がわかるのか?」


 ジーンは少し驚いたように尋ねた。

 私はここに来て初めてジーンを振り返り、首を竦める。


「明確にわかるわけじゃないわ。でもお客様に聞いてた情報と合わせて考えると、たしかに東住居区で見た人が多いと思って……私、人の顔を覚えるの得意だから」

「……すごいな」


 ジーンは大きく目を見開いて驚いた顔をした。


「俺にはできない芸当だ」


 そこまで素直に反応する人じゃないと勝手に思っていたので戸惑ってしまう。

 声を出せずにいると、ジーンは困った顔で再び口を開く。


「俺は人の顔も、複雑な道も覚えるのが苦手なんだ」

「人には向き不向きがあるから」

「治安維持部隊には向かない人間なんだろうな」


 ジーンは家に目を向ける。

 私もつられて見るが、まだ変化はなく、静まり返ったままだ。


「ザヴァルのように人当たりがいいわけでもないしな」

「……ザヴァルのこと、一応評価しているのね」

「本人には言わないでくれ」


 ジーンは苦い顔をしている。


「いいじゃない、一緒に組んで仕事をするのだから、仲はいい方がいいに決まってるし」

「一緒にいてイライラするのは事実なんだ。あいつはいい加減で、俺は規律を重んじる」

「たしかに前にいた部隊と比べたら緩いと思うけれど。そのうち慣れるんじゃない?」

「……慣れたくはないな」

「真面目なのね」


 私がクスッと笑うと、ジーンは意外そうな顔をした。


「真面目、か……。そう言われたのは久しぶりだな」

「そうなの?」

「あぁ……」


 ジーンが苦い顔をしたので、聞いてはいけないことだったか、とそれ以上は聞かないでおく。


「……動きはないな」

「そうね」


 最後の人が入ってからしばらくの時間が経っている。

 カーテンは閉まったままで中の様子を見ることはできないが……。

 と、その時だった。


 カッと思わず目を背けたくなるような眩い光が視界に飛び込んでくる。

 カーテンが閉まっているというのに、それでもなお眩い光が家の中から溢れ出たのだ。


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