あなたからは逃げられない10
「それはすごいことなんじゃないのか?」
「複数属性を持っている人間は結構いるはずよ」
例えば髪の毛は赤みがかった茶色だが、瞳の色は淡い水色、という人の場合、火属性と水属性を持っている可能性がある。
魔法を使うためにはある程度の属性値が必要なので、複属性使える魔法使いは存在しない。
一つの身体に複数の属性を持っていると、それだけ個々の属性量が減るためと考えられている。
すべて理論上の話で確かめる術はなかったのだが。
「だけど共存できない光と闇属性の一つと、その他全部の属性となるとなかなかいないとは思う。私の前髪、一見すると銀色に見えるけれど、光の加減で虹色にも見えるのよ」
リーフは私の前髪に着目し、闇以外のすべての属性を持っているのではないかと推測した。
だから魔法が使えないのではないかと。
「今までは確かめようがなかったんだけど……この魔法陣を私の血で描いて、すべての属性が出せるのであれば……」
「それがレナが家に連れ戻されるんじゃないかっていうことの理由か?」
ジーンは怒っているような顔でそう尋ねる。
私は一つ頷いた。
「恐らく。魔法って使える人でも一人一属性でしょう? それが複数属性使えるようになれば世界がひっくり返るほどの衝撃よ」
「ああ……」
「しかも私一人の血で複数属性あるのだから、例えば地水火風雷の五属性を一度に使える魔法陣を作れたとしたら──」
「ものすごい兵器になる」
「ええ」
自分で言っていて寒気がする。
ものすごい兵器を手に入れた国はどうするか。
私の血が国を再び戦に投じるきっかけになり得る。
私の妄想であってほしい。
だが実際にベリアル家が私に手を伸ばしてから現実を直視しては遅いのだ。
「私は身を隠す」
ジーンと話をするまでは私も混乱していたけれど、今は自分のすべきことがはっきりとわかる。
私はベリアル家に捕まってはならない。
「ダスカー雑貨店を続けたかったけれど、そこにいることはベリアル家の誰もが知っている。魔法省に手配されて逃げ切れるはずもないから、ここで身を隠さないと」
リーフとミレーヌは私がここにいたことを知っている。
いつ追手が来るかわからないし、私一人の足でどこまで逃げられるか。
だけど捕まるわけにはいかない。
追いつかれてしまったら、捕まる前に自分で──
「俺も行こう」
「…………え?」
聞き間違えるわけもないくらいはっきり言われたけれど、私は聞き返さずにいられなかった。
「俺もレナと行く。そしてレナを守る」
「ま、待ってジーン……。ジーンには戦時隊に戻るという夢があるでしょう? 魔法陣なら私が作るわ。だから……」
「必要ない」
ぴしゃりと拒絶される。
ジーンの顔はすでに何を言われても揺るがないというような頑なさがあった。
「ダメよ、ジーン。あなたは自分の夢を追って?」
「俺の夢だって? 俺の夢は魔法によって左右される世の中を変えることだ。目の前に魔法によって人生を左右されようとしている女がいて黙って見過ごすことはできない」
「目先のことに囚われてはダメ! ジーンならもっと多くの人を救える。だから──」
「多くの人なんて関係ない! いや、俺の言い方が悪かった」
ジーンは一つ息をついて私の手をそっと取る。
「俺の好きな女はもう二度と魔法に人生を変えさせたくない。俺は魔法からレナを守る」
「好きな……」
その言葉を頭の中で理解するとボッと頬が熱を持つのを感じた。
「好きだ、レナ。俺にレナを守らせてくれ」
「ジーン……」
とても嬉しい。
涙が出そうなほどだ。
だけど。
「私を守って逃げるなんて後ろ向きなことをジーンにさせたくないっ……。ジーンにはいつも前を向いていてほしい」
「前を向いているさ。レナを守ることで何人をもの人を救うことにもなる」
「だけど魔法のあるなしによる差への根本解決には……っ」
「レナは本当に強情だな」
ジーンは困ったように笑う。
「レナ自身はどうなんだ? 俺が側にいたら迷惑か?」
「迷惑だなんて……」
ぐっと唇を噛みしめた。
私の気持ちを伝えたら、ジーンは夢を追えなくなる。
私とジーンの過去は重なっても、未来は重ならない。
そう思ったからここで別れようと、別れるべきだと決意した。
──それなのに。
「レナ。俺には今まで守りたいと思う、大切なものがなかった。母親を失ったからな。だから過去の決意を追っていたにすぎない。でも今俺には守りたいと心から想う人がいる。俺の新たな夢に、レナがなってくれないか?」
「ジーンっ……」
ポロポロと涙が溢れ出る。
独りで生きていこうとした私にジーンはこんなにも優しい。
「逃げよう、レナ。逃げて、逃げた先で雑貨店をまた開こう。旅先で集めた品物を並べて、その中に魔法陣をそっと紛れ込ませればいい。魔法が使えなくて苦しんでいる人々に届くように、小さなところからはじめよう。道中は俺が守る。大丈夫だ、俺は腕に自信があるし、レナが魔法陣を作ってくれたら俺は最強の魔法剣士になれる」
「……っく」
「だから……レナ」
ジーンは泣いてひどい顔をしている私を覗き込む。
「答えをくれないか? レナは俺のことをどう思ってる? 俺にレナのこの先の人生すべてをくれるか?」
「ジーン……っ。私もジーンのことが好き……」
「ああ、それで十分だ」
ジーンは私の涙を自分の手でそっと拭い、そのまま優しく触れるだけの口づけをくれた。
今までになく近い距離で、私の中がジーンの匂いでいっぱいになる。
「レナ……好きだ」
そっと囁かれた言葉に酔いしれて、私はジーンに身体を預けた。
翌朝早く、私達はローレイラを出た。
ジーンは魔獣研究所に寄って、ザヴァルに宛てた手紙を託したらしい。
何が書かれているかはわからないが、ザヴァルが快く送り出してくれていたら嬉しい。
私達はスマーフ王国の国境へと向けて長い旅に出る。
馬車も使えない、厳しい旅だ。
だけど不安はない。
だって私は愛おしい最強の魔法剣士を連れているのだから。
旅の果てにきっと新たな夢が待っている。
そう信じながら。




