あなたからは逃げられない5
宿に戻った私達は昨夜ジーンが眠ったソファに並んで座っている。
部屋にソファが一台しかないので仕方がないのだが、そういえば私の家でお祖父ちゃんの話を聞いてもらったときも並んで座ったな、とぼんやり思う。
ジーンとはここへ戻ってくるまでほとんど会話をしなかった。
口を開けばリーフのことに触れないわけにいかないし、気を遣ってくれたのだろう。
私の話は外でするような話でもないし。
覚悟を決めなくちゃ。
ジーンに話すと決めたのに、私はまだ躊躇う気持ちを完全に打ち消せない。
私のことを話してジーンに幻滅されないか、離れていかないかが怖いのだ。
そんな私の手に横から伸びてきた大きな手が重なった。
顔を上げて隣を見ると、私を気遣うような顔をしたジーンがいる。
こんなに優しい人に話さないわけにいかない。
私は意を決して口を開いた。
「私の本当の……勘当される前の名前はレナマリア・ベリアルというの」
「……レナマリア」
「ええ、家族にしかそう呼ばれていなかったけれど。お祖父ちゃんはレナと愛称で呼んでくれていて、エバークラインの人達もそう覚えてくれていたから、勘当と共に捨てたの。今はただのレナよ」
ジーンはこくりと一つ頷く。
「ベリアル家は一部では有名な名家でね。代々優れた魔法使いが産まれてくる家系で、ほとんどの当主は魔法省で高官になってる。私はそんな家の長女として生まれた」
父は光魔法の優れた使い手だ。
そうそう産まれない光の魔法使いがベリアル家に産まれたことで、三男だった父が当主となった。
そして今度はその光魔法を途絶えさせないように、もし途絶えたとしても同等の属性である闇持ちが産まれるように、それだけの理由で闇の魔法使いの女性と結婚した。
それが私の母。そうして光か闇属性を期待されて産まれてきたのが私だ。
「私は魔法が使えない。それは容姿からも明らかなのに、父は私を魔法学園に入れた。光や闇属性じゃなかったとしても、ベリアル家で魔法が使えない人間なんてそうそう産まれないからね。でもどんなにがんばっても私には魔法が使えなかった」
私は空いた手で自分の前髪に触れた。
私の前髪の一束は銀髪になっていて、その色は角度によっては赤にも青にも緑にもオレンジにも黄色にも見える。
だからもしかしたら魔法が使えるかも。
そんな風に期待されて、同じだけ失望された。
「だけどベリアル家としては最悪の事態は免れた。私の一歳下の双子の姉弟は魔法が使えたの。それも姉のミレーヌが光、弟のリーフが闇。父達が望んだままの子供が産まれてきた」
物心ついた時には私はもう見限られていた。
ベリアル家の汚点とならないように、最低限魔法を使えないかと試行錯誤されたけれど、それも優秀な妹弟の前では些事だった。
「私も頑張りたいと、ベリアル家に産まれた役割を果たしたいと思っていた時もあった。妹と弟から、奪われた親の愛を取り戻したいと思っていた時もあった。でも、無理なものは仕方ないわ。私はある時すっぱりと諦めた。自分には魔法が使えないのだと認めたの」
認めてからも決して幸せな日々が訪れたわけではなかった。
魔法学園に通い続けていたけれど、同級生からは魔法が使えない私は格好のからかいの餌食だった。
ベリアル家という名家から産まれた落ちこぼれ。
それは自分の存在を高めるために使う格好の的だ。
私はただ耐えていた。
逃げ場所は本の中にしかなかった。
私は図書館に通い、ありとあらゆる本を読んだ。
内容はなんでもよかった。
ただそこに文字があり、私の思考を一時的に現実から離れさせてくれれば。
図書館には物語の類はほとんど置いていなかったので、そのおかげで、無駄にいろいろなことに詳しくなってしまった。
「魔法が使えない私はベリアル家の女として最初で最後の役割を果たすことになった。今までベリアル家の人間が決して繋がってこなかった兵士との繋がり。私は騎士を数多く排出する名家に嫁ぐことになった」
魔法使いの名家としてのプライドがベリアル家にはある。
だから頭が悪い人間がなるものだ、という偏った見方から武の名家との婚姻は避けられていた。
けれど武の名家としては魔法もまたほしいものだ。
そこで充てがわれたのが私だった。
私は魔法が使えないが一応ベリアル家の長女だ。
ベリアル家としても使えない娘が武の名家との繋がりとして使えれば及第点で、相手の家も私の中に眠るベリアルの血が子供に受け継がれればと考えた。
「お相手はジーンと同じ戦時隊にいた。もしかしたら知っている名前かもしれないけれど、アドニス・デュオハイムと言って……」
「アドニス!? 本当か!?」
ジーンがすぐに声を挙げる。
「アドニスは私と四つ違いだから今二十二歳だと思うけれど……」
「同期だ」
こんなに一緒にいて聞いたことがなかったけれど、ジーンと私の元婚約者、アドニスは同い年らしい。
見た目から近そうだなと思ってはいたけれど。
「アドニスとジーンは合わなさそうね。あの人は家名が自分の誇りで、劣る人間は認めないところがあるから」
「その通りだ」
ジーンは苦い顔をする。
ザヴァルと同様、アドニスもジーンとは仲良くなかったらしい。
「あいつは俺が魔法を持たないのをバカにしてくる筆頭でな。腕では俺に及びもしないくせに」
「魔法の方もひどいものだったわよ」
「そうなのか?」
ジーンは目を丸くする。
「あいつはすごい風魔法を使っていたように思ったが」
「持っている属性と魔力量が多いだけよ。使う魔法に無駄が多くて見ていられなくて……それが婚約破棄の原因なんだけど」
「そういえば婚約破棄をされてそれをきっかけに勘当された……んだったか」
前にさらりと言ったことをジーンは覚えていてくれたらしい。
私はこくりと頷く。
「あの人、自分の腕に自信があるみたいで、定期的に私を誘っては家にある訓練場で魔法や剣の訓練を見学させていたの。私もだいぶ我慢したのよ? プライドが高いことはわかっていたし。でもとうとう我慢できなくて言っちゃったの。『あなたの魔法には無駄が多い。もう一度基礎からやり直すべきだわ』って」
「ふっ……いい気味だな」
ジーンは相当アドニスのことを嫌っていたのだろう。
愉快でたまらないという顔をして笑った。
「そうしたらその日の夜に一枚の通知書がベリアル家に届いた。婚約を破棄するってね」
アドニスは魔法も使えず、可愛げもない私のことを下に見て嫌っていた。
それでも一応名家との婚姻だからと我慢していたのだろう。
しかしその魔法も使えない女に自分の魔法を否定されたことが耐えられなかった。
だからその日のうちに婚約破棄を言い渡したのだろう。
「私の代わりに妹のミレーヌを婚約者に指定してきていた。私はその後のことは知らないけれど、私に非があって破棄した婚約なのだから、ベリアル家は拒むことができなかったでしょうね……」
本来ならミレーヌは魔法の優秀な婿を取ってベリアル家に残るはずだった。
ミレーヌはアドニスのことを悪く思っていなかったようだったからいいのかもしれないけれど、父親は当然怒った。
「だから、私はその場で勘当された。ベリアル家に利を成すことができないどころか、害を与えてしまったから。その後すぐに私はエバークラインに来て……あとは話した通りよ」
ジーンにすべてを伝えた。
私は一つ息を吐く。
「ベリアル家からは離れたけれど、リーフだけは変わらず私を慕ってくれていて、定期的に手紙をくれていたの。だから、魔法省が開発している魔法陣のことも知ることができた。でも……」
私は空いた手をぎゅっと握りしめる。
「私はもう魔法と、ベリアル家と関わりたくないの。ジーンと違って私は逃げることしか考えていない。ベリアル家に戻りたいなんて一度も思ったことがない。ずっとエバークラインで静かに暮らしたい……それが私の夢。だから家の名前を使えばすぐに魔法陣のことだってわかるのに、しなかった。ジーンの夢を知っているのに……。今まで嘘をついていてごめんなさい。ジーンが幻滅しても仕方のないことだと思う」
ジーンの目を見ないまま一息に伝えた。
自分で言っていて情けないことだと思う。
ジーンのように国に戦いを挑むような高い志は私にはない。
ジーンと並び立っていたいのに、私にはそれができない。
そのことが、何故だかすごく辛い。
その時だ。
ジーンに握られた手をぐいっと引かれて身体が傾く。
その身体をぎゅっとジーンが抱きしめる。
「何故幻滅なんてする必要がある」
ジーンは私の耳元で囁くように言う。
「生まれに縛られて、魔法に人生を左右されるなんて俺よりもひどい……。平和に暮らしたいと思って何が悪い?」
いつもより低い声が私の鼓動を早くさせる。
抱きすくめられた私は息をするのに精一杯でただジーンの声に耳を傾ける。
「むしろ謝るのは俺の方だ。魔法に関わりたくないのに俺に協力してくれて……」
「それはいいのよ。私が……したかっただけだから」
無理をして協力したわけじゃない。
初めは単純な興味から。
ジーンの夢を聞いて、協力したいと思ったからしたまでだ。
「それでも……すまなかった」
「謝らないで。私こそ……」
そう言いかけて、ふと以前のことを思い出してくすりと笑ってしまう。
不思議そうな顔をするジーンに微笑む。
「ごめんなさい、前のことを思い出したの。ほら、私達が初めてデートした日」
食事を前にジーンは私に失礼なことを言ったと謝ってくれた。
だけど初対面で名乗らなかった私も失礼だったと謝った。
「あの時も私達は自分が悪いと言って謝ったわね。どちらも譲らないから私は謝罪を受け取ったけれど、私もジーンに謝って……。あの時と同じことをしていると思ったらおかしくて」
「そうだったな。俺たちはお互い謝ってばかりだ」
ジーンも思い出してくれたようで優しく微笑む。
ああ、なんて幸せなんだろう。
すべてを話してもジーンはこうして私に優しい笑顔をくれるのだから。
私はようやく心の底から安堵していた。




