昼の紅茶、夜の紅茶2
「ところで、最近ザヴァルくんとはどう?」
マインさんの愚痴を一通り聞き、話が落ち着くと次は私に矛先が向けられた。
「ザヴァルですか? 相変わらず元気そうですよ。仕事の人間関係が大変そうですけど」
「そう、進展なし、か……」
マインさんは意味ありげな顔で何事か独り言をつぶやく。
「それより、私はザヴァルくんが振られたって聞いたんだけど。レナちゃんに恋人ができたって」
「えぇ!?」
ジーンのことを言っているのだろうか。
私はエバークラインの街の狭さを改めて知る。
田舎ではそれが間違いであっても噂が広まるのが早い。
「デートしたのは事実ですけど……」
「本当なのね!? お相手はザヴァルくんじゃないの?」
マインさんは先程までの暗すぎる表情が嘘のように目を輝かせている。
女子というのはいつになっても恋愛の話が大好物らしい。
「最近、治安維持部隊に入ったザヴァルの同僚です」
「ザヴァルくん……ライバル紹介してどうするのよ」
マインさんが何故か頭を抱えている。
「……それでデートはどうだった? 楽しかった?」
「まぁ……はい、普通に」
「へえ」
マインさんはニヤニヤと私を見てくるけれど、別に想像しているようなことは何もなかったと思う。
ごはんを食べて、話をして、街の外で実験をしただけ。
魔物が襲ってくるトラブルはあったけれど──
「…………」
ギョウジョーと戦ってた時のジーンを思い出したら不思議と落ち着かない気持ちになった。
胸の中がざわざわするというか、そわそわするというか。
今まで味わったことのない感情に気を取られていると、目の前のマインさんがニヤニヤとした笑みを深めていた。
「ザヴァルくんは可哀想だけど……やっぱり恋する女の子を見るのは楽しいな」
「恋!? そんなんじゃないですよ!」
「そっかそっか、まだデートも一回だけだものね」
うんうんと頷いているけれど、なんだか本格的に勘違いされている気がする。
「どんなところが好きなの?」
「えっと、だから好きとかじゃ……」
「顔がいいの? それとも性格?」
その後、私は次のお客様が来店するまで勘違いしたマインさんに質問攻めにあっていたのだった。
*
「つかれたー」
営業を終えて店の外に閉店の看板を出すと、私は疲れ切ってカウンターに突っ伏してしまった。
これから閉店後の掃除とお金の確認をしなければならないのに、まったくする気にならない。
それもこれも、マインさんと話したせいだろう。
「女子会なんて久しぶりにしたけれど、こんなに疲れるものだったっけ……」
私だって昔は女の友達がいて、毎日のように学園で話していた。
その時はこんなに疲れた思い出はなかった。
とはいえ、未だに続くような仲のいい友達もいないのだけど。
昔から今までずっと続いている仲は、思えばザヴァルくらいだ。
私は昔からエバークラインでお祖父ちゃんと二人でいるときだけはのびのびと素が出せていて、そんな時に出会ったザヴァルには必然的に本当の自分を見せられていた。
学園で猫を被っていた時の友達は続かなかったのに、素で接していたザヴァルだけが残るとは、なんだか不思議な気がする。
私はカウンターの上に顎を乗せて店内を見た。
もうすっかり外は暗くなっていて、ランプの光だけで店内が淡く照らされている。
私は閉店後にお祖父ちゃんが売り物でないとっておきの品を見せてくれる時間が好きだった。
どこで入手したかわからない昔の化石や異国の楽器、はたまた食べたことのない珍味など、私がエバークラインに来る度に新しいものを見せてくれた。
その時間が楽しくて、エバークラインに行くことを常に楽しみにしていた。
会えない間も手紙のやり取りをしていて──
ダメだ。
私はガタンと勢いよく立ち上がる。
お祖父ちゃんとのことを思い出すと、自分が世界に一人ぼっちだというとてつもない焦燥感に駆られる。
怖い──
こういう時は誰でもいいから人に会いたい。
私は金庫からお金を引っ掴む。
とにかく外へ出よう。
今日は本当は疲れているから家でのんびりしたかったのだけれど、そんなことをしたら怖くて怖くてたまらない。
何が、という明確な畏怖対象はない。
ただ一人でいることが怖くて──
寂しい。
私は小走りで店の入口に向かう。
金庫の鍵もかけていない。
だけど、一刻も早くここから出たかった。
南商業区にでも行って温かいごはんを食べよう。
一人きりでも、ここで独りよりは随分とましだ。
早く、早く。
チリリン
けたたましく鈴が鳴る。
扉を開けて、外へ──
ボブン
「んっ……?」
外へ出たはずなのに、私は壁にぶち当たった。
勢いよく当たったはずなのに、温かくて固くはなくて──
「大丈夫か?」
「え……?」
頭上から声が聞こえて上を見上げると、至近距離で私を覗き込んでいるジーンがいた。
「ジーン……?」
「何か急用で出かけるところだったか?」
「いや……って!」
私はようやく状況が頭に入って飛び退く。
なんだかさっきの状態だとジーンに抱きしめられていたみたいだった。
焦って外へ出たドキドキが別のドキドキに変わっていって居心地が悪い。
それにしても──
私はジーンの顔をまじまじと見る。
この前デートをした時と変わらない、ジーンの顔だ。
何ともない顔で店の扉の前に立っている。
店の前に立っているということは、私に何か用事だろうか。
ついさっきまで世界は私しかいなくて、私は独りぼっちで……寂しくて。
それなのに扉を開ければジーンがいた。
恐らく私に会いに来たジーンが。
独りぼっちの世界にジーンが当たり前のようにやってきた。
そう思うとなんだか──
ダメだ。
私は急いで俯く。
ジーンに顔を見られたくなかった。
今にも涙が溢れて来そうだったからだ。
下を向いているとジーンにぐいっと身体を押される。
「えっ……」
戸惑っている内に扉が閉まる音がして、少し強引に私は腕を引かれた。
再びジーンの胸に顔が当たったかと思ったら、私の背中はぎゅうっと強く拘束される。
──抱きしめられている。
「……っ!?」
強い力に抗うこともできず、私はジーンの温かい身体に包まれるように収まっていた。
とても独りぼっちだと思えないような熱さ。
その熱さがジーンの熱なのか、それとも私の熱なのかもはやわからない。
(どうしよう……)
ジーンに抱きしめられていると、胸が苦しいのにホッとするような優しさもあって、一度引っ込んでいた涙が込み上がってくるのがわかった。
(なんで……)
ジーンの気持ちがわからない。
何故ジーンは突然私を抱きしめているのだろう。
こんなに優しく抱きしめられたことが私にはなかった。
だから、だからだ。
こんなにどうしようもなく泣きたい。
悲しいからじゃない。
少し苦しくて、とても──
幸せだから。
「……っく」
こらえきれず一滴涙が落ちる。
人前で泣いたことなんて、子供の頃以来ずっとなかった。
それなのに、最近知り合ったばかりのジーンの胸で泣いている。
(……ずるい)
私が苦しい時にやってきて、こんなに優しくするなんて。
そんなことをされたら私は──
私はそのまましばらくジーンの胸に顔を押し付けて、声を殺して涙を何滴も落とし続けた。




