曇天は初デート日和2
店内は昼時ということもあり賑わっている。
二十席ほどある広い店内の席はほとんど埋まっていた。
私達は空いていた席に通されて二人で向かい合って座る。
「いらっしゃいま……あ、ダスカーさんのところの」
「こんにちは」
メニューを持ってやってきた中年の男性は私の顔を見ると表情を和らげた。
この街では私が、というよりお祖父ちゃんの顔が広いのだ。
そのおかげで私もこうして声をかけてもらえることが多いし、私が食いつないでいけている一因でもある。
ちなみにこの男性は昔からこのお店で働いる店員さんで、お祖父ちゃんと来たときに顔を合わせていた。
「今日はどうしますか?」
「そうですね……えぇ!?」
メニューに視線を落とすと思わず驚きの声を上げてしまう。
いつものメニューと一緒に渡された紙には新メニュー!と書かれていて、その内容に驚いてしまったのだ。
「ヘルシーな魔物肉! って……」
人類の敵である魔物の肉を食べるなんて聞いたことがない。もちろん私も食べたことはない。
「そうなんです、最近はみんなヘルシー志向でしょう?」
「流行ってるんでしたっけ?」
「ええ」
「だからって魔物肉か……」
ジーンが苦々しい顔でつぶやく。
私も思ってはいたが、店員さんの手前黙っていたというのに、それを口に出してしまうところがジーンらしい。
しかし、店員さんは咎めるどころかジーンと同じような苦い顔で頷く。
「体に害はないことは証明されてますし、脂身が少なく淡白でありながら旨味もあることは確かなんですが……あまり食べたいとは思いませんよね」
店員さんは他のお客さんに聞かれないように声を潜めて続ける。
「ここだけの話、国から言われて販売してるんですよ」
「国から?」
「えぇ、昨今の流行に乗って地方から特産品を作ろうということで。隣のヒューバーン村の治安維持部隊を使って魔物を狩っているみたいですね。それをまずは王都の店一軒とエバークラインの店一軒で販売しようと……それでうちが選ばれたわけですが」
「売り上げはどうですか?」
「それが当初考えていたより売れていまして」
「魔物肉なのに?」
「えぇ、あまり抵抗がないようですね。街から出ない人間は魔物の姿を見ることもないでしょうから。あとは物珍しさもあるのでしょう。普段、店にいらっしゃらないお客様も見かけるようになってきましたし」
「なるほど……知らなければただの美味しいお肉なんですね」
私は嫌だけれど。
話を聞かせてくれた店員さんにお礼を言って、お肉と飲み物を注文した。
お肉はもちろん家畜の鳥肉だ。
「ギョウジョーの肉か……」
店員さんがいなくなった後、近くのテーブルに魔物肉が運ばれているのを見てジーンが顔をしかめている。
「あのお肉が生きているところを見たことがある?」
私は声を潜めてジーンに尋ねてみた。
魔物の名前に聞き覚えがなかったので、悩んだ末に変な聞き方になってしまったが。
「あぁ、もちろんだ。割と倒しやすい魔物だからな、戦時隊の訓練で何度も」
「どんな魔物なの?」
「硬く尖った皮膚に覆われた小型の獣型魔物だ。尖った皮膚を凍らせて突進してくるんだが、動きも遅いし避けやすい。ただ、急所がわかりづらく狙うのが難しいから訓練には最適というわけだな」
「訓練に使われた次は人に食べられる、か……不憫な魔物ね」
「ぷっ」
私の言葉にジーンが思わずといった様子で吹き出す。
何が面白かったのかわからず首を傾げると、笑いを収めたジーンが「すまない、つい」と前置きしてから続ける。
「魔物に不憫なんていうやつはじめて見たからな」
「私は実際に魔物を見た経験が少ないからそんな風に言えるのかも」
「それだけじゃないと思うけどな」
ジーンは笑い顔のままそう言った。
「その前に、そうだ。今日あったらまず言わなきゃいけないことがあったんだ」
「ん? なにかあった?」
居住まいを正したジーンに、私もつられて背筋を伸ばす。
ジーンは私の顔を真っ直ぐに見ると、ペコリとその頭を下げた。
「この前はすまなかった」
「え? なんの話?」
突然の謝罪に私は心当たりがない。
戸惑っていると、顔を上げたジーンが再び真っ直ぐ私を見る。
「はじめてレナに会った時のことだ。ダスカー雑貨店に行って……俺はよく知りもしないのにレナのことを貶したな。ダスカー雑貨店のことも」
「ああ……」
そういえばそんなこともあった。
「よくわからん店の若い女店主」と、馬鹿にされたのだ。
その時は私も頭にきて、その後しばらくジーンにいい印象が持てなかった。
だけど。
「今思えば私も好意的じゃなかったと思うの。ジーンの紹介をされて、ザヴァルが愚痴ってた人、なんて言いかけたし」
「それは──」
「それに」
私はジーンの言葉を強く遮ってつづける。
「そもそも私が一般人で、その一般人が仮にも国の組織である治安維持部隊の機密情報を聞こうと言うんだもの。抵抗感があるのも仕方のないことよ」
「だとしても、あんなことを言うべきではなかった。レナの店なのによくわからんなどと──」
「よくわからないのは本当のことだと思うわ。雑多な物が置いてある店だからね」
「だが……」
「それに私も自分の家名を名乗らなかったんだもの。そんな失礼なことをしておいてジーンに礼を求めるなんて虫のいい話だと思うわ」
「……」
ジーンは一応私の話を聞いてくれたけれど、納得しているような顔ではなかった。
「本当に真面目なのね」と、くすっと笑ってしまう。
「わかったわ。ジーンの謝罪は受け取る。だけど、私からの謝罪も受け取って? 私ももう少し誠実に話すべきだった。ごめんなさい」
「レナ……」
ジーンはしばし視線を落として悩んだ後に再び顔を上げた。
「わかった。だが、俺が一方的に悪かったと思っていることは言っておく」
「わかったわ」
本当はそんな風に思ってほしくはなかったのだけれど、ジーンにこれ以上言い続けたら今日のデートの会話はそれで終わってしまうような気がする。
お互いに納得したところで、ようやくジーンがホッとしたように表情を和らげた。
時折難しい顔をしていたのは、このことが引っかかっていたからなのかもしれない。
「お待たせしました」
そこへちょうど頼んでいた料理がやってくる。
鳥の骨付き肉が三本とサクサクのパンを二枚、それに飲み物だ。
それらを店員さんがテーブルに並べてくれる。
「ここはお肉も美味しいんだけれど、パンもまた絶品なのよね」
味を想像しただけで涎が出てきそうだ。
私がここへ来る時の目的はこのパンが食べたいから、と言っても過言ではない。
「ダスカーさんもお好きでしたよね。ご夫婦でも、お一人でも、お孫さんともよくいらしてくださって」
「……そうですね」
嬉しそうな店員さんの顔に笑顔を見せつつ、胸にはチクリと痛みも去来する。
お祖父ちゃんの話を聞くたびにいつもこうだ。
この胸の痛みにも少しは慣れてきた気がするけれど、それでもなくなる気配はまだない。
店員さんがいなくなってから気を取り直して食事を食べ始める。
肉汁たっぷりなお肉に甘い香りのパン。
一気に夢中になってしまい、しばし無言で食べてしまった。
「あまりデート向きのお店ではなかったかもしれないわね」
「いや、本当に美味しいよ。久しぶりに食事を楽しんでいる」
同じく無言で食べていたジーンが顔を上げて微笑む。
口に脂が付いていてツヤツヤと輝かせながら嬉しそうにしている姿を見ると、心がホッとする。
私達はそのまま無言で食べ続け、食事を終えて一息ついたところでようやく目と目を合わせて口を開く。
「本当に美味しかったな。ここは昔からある店なのか?」
「そうみたい。私が小等学園に通っていた頃にはもうあったから」
「旨いもんな」
「そうね、昔から人気店よ」
私もいつしかエバークラインに来る度にここへ来ることが楽しみになっていた。
だから、無意識にジーンをここへ連れてきたのだろうか。
「……ここへはお祖父さんと?」
ハッと顔を上げると、ジーンは僅かに遠慮がちな瞳を私に向けていた。
私が自分から何も言わないから気を使わせてしまったようだ。
「……えぇ、そうよ」
自分について話すならまずはお祖父ちゃんのことからだろう。
私は胸の痛みを息を吐いて受け入れてから、ジーンに笑顔を向けて口を開いた。




