1290.18階の魔物討伐(12)
「後ろから追われながら対処するって言うのは難しいな」
低圧洗浄機モドキで酢を撒きながら隆一が愚痴った。
背中を向けていては対処できないが、ずっとアーミーアント達に向かって酢を掛けるなり攻撃するなりしていたらいつまで経っても逃げられない。
「まあ、群れに出会った場合は殲滅するか、殿役が死ぬ覚悟で足止めに残るかだからな。
まだ馬車で逃げるんだったら後ろ向きに攻撃やこの酢を撒く魔道具で色々出来るが」
デヴリンがシビアな現実を告げた。
自分の脚だけで移動している時に群れに遭遇したら、犠牲覚悟の足止め役がいないと逃げられないらしい。
まだ馬に乗っているのだったら馬が必死に逃げてくれるのだったら後ろを向いて攻撃するとか、二人乗りで後ろ側の人間が攻撃担当になるとか手もあるのだろうが。
そういえば、以前見たアクション映画では、バイクの二人乗りで、前に乗っていた女優が後ろからバイクのハンドルを握っていた男優にまたぐような格好で後ろを向いて追っ手を狙撃していたのもあった。
あんな曲芸まがいな事は隆一には無理だが、何はともあれ逃げる時は逃走担当と攻撃担当がいないと、満足に足止めも出来ないことが判明。
ただ走って逃げるには追って来る魔物よりも移動速度が速くなくてはダメで、移動速度が速いならそもそも追いつかれない。
「取り敢えず、リュウイチはその運搬具に乗って酢を撒きまくるとか足止め用魔道具を使うとかしてみたらどうだ?
運搬具を私が引っ張って走ろう」
ダルディールが盾で近寄って来るアーミーアントを弾き飛ばしながら提案した。
さっさと全部群れを倒してしまう方が楽だろうに、隆一の希望通りに『逃げる』方法を試してくれているらしい。
追いつかれる前からそれなりに問題点は気付いていて、色々と方法を考えていたのかも知れない。
「そうだな。
頼む」
隆一は一番近くにいたアーミーアントを足止め用魔道具で動きを止め、急いで運搬具に飛び乗り、魔力を多めに流し込んで完全に宙に浮かせた。
その運搬具の取っ手を握ってダルディールが本気で走り始めた。
ダルディールとデヴリンだけだとアーミーアント達より早く移動できるので、あっさり群れを引き離し始めた。
隆一が最後の足止め的に低圧洗浄機モドキで酢を撒きまくるが、これでちょっと混乱したアーミーアントの群れはあっさり一流探索者の二人から引き離された。
「あ、フェロモンを掛けられていると思うから、二人に酢を掛けるぞ?」
隆一が自分の手足を魔力計測器で確認して低圧洗浄機モドキの酢で洗い流してから宣言する。
フェロモンを洗い流さねば18階中を追いかけまわされることになる。
「酢じゃなくてクリーンの魔術でやってくれないか?」
隆一が低圧洗浄機モドキのホースを二人に向ける前に、デヴリンが急いで口を挟んだ。
「そういえばそっちでも良いんだった」
アーミーアントの群れの対処が想定通りに行かなくて、ちょっとプチパニックを起こしていたらしい。
溜め息を吐きながら隆一はクリーンの術を護衛役の二人に掛け、最後に自分にもかけて酢の匂いを消した。
「どうやらアーミーアントのテリトリーを出たみたいだから、止まってくれ。
自分の脚で動くよ」
アーミーアントが視界からいなくなったのを確認して、隆一がダルディールに声を掛けた。
「馬が居なくても、この酢撒きの魔道具と運搬具を持っていたらある程度足が速い探索者なら逃げられるって訳だな。
斥候役に持たせるにはいいかも知れないな」
隆一が降りるのを見守りながらダルディールがコメントした。
「馬でいけないような地形だったら、二人組の斥候に持たせるのに悪くないかもな。
というか、ちょっとこの運搬具の形だと邪魔だから、重さ無しに一人を背負って走れるような感じの魔道具を作れないか?
大き目な背負子みたいのに反重力の魔法陣を刻めば何とかなりそうなもんだが」
デヴリンが応じる。
隆一としては想定外に完全な失敗という印象だったのだが、二人にとってはそれなりに得られるものがあった実験だったらしい。
確かに、斥候役が何かを探りにった際にうっかりアーミーアントに出会った場合なんかは逃げられないと色々と問題があるだろう。
そういう場合にこの低圧洗浄機モドキをペアで使うというのは悪くない案なのかもしれない。
「キャリーケース的に転がして荷物運びに使えるのを、いざという時には背負えるデザインにしたらいいかもだな」
下に車輪がついたキャリーケースになる大き目なリュックサックを空港で見た記憶がある隆一が提案した。
あれは上に人を載せるデザインにはなっていなかったが、中身を出してベルトで座った人を固定できるようにして、半重力魔法陣で乗った人間の重さを消せば実用性はあるのではないだろうか?
一度作ってみて、ここでデヴリンかダルディールに隆一を背負ってもらってもいいかも知れない。
何と言っても隆一にはアーミーアントから逃げ切れるだけのスピードと体力がないことが判明したのだ。折角だからちゃんと撃退できる手段を作り上げたい。
背負子で運ばれる隆一……。




