1278.蟻対策:魔力(17)
高級路線な荷馬車は重かったものの3人で引いていたのでそこそこの早さで逃げられ、揺れが少ないお陰で酢入り炭酸水を掛けるのも正確に出来たのか(掛ける役割の探索者の腕がゼルガンより良かった可能性もあるが)、あっさり駆け戻ってきた斥候役を洗い流し、アーミーアントの群れもあまり近づけることなく逃げられた。
という事で、最後は中古のおんぼろ荷馬車のテストになった。
今度は探索者一人で引いており、斥候役も荷馬車の上に乗って周囲を見回している。
「一人で引かせるのか?
先の2台よりも遅いみたいだが」
隆一がダルディールに尋ねる。
「中古のおんぼろ荷馬車を引いている行商人だったら馬も1頭しかないか、2頭だとしても限界近くまで荷を積むから、ゆっくりとしか動けないことが多いんだ。
探索者も斥候を先行させるような契約はほぼ無理だろうから、現実路線的にやっている。
その分追いつかれて襲われる可能性が高いから、危なくなった時に助けられるよう、他の連中もさっきより近くから見守っているんだ」
ダルディールが先ほどよりも前に出て見守っている探索者の集団を指しながら説明した。
なるほど。
現実路線でテストしているらしい。
というか。
「高級路線の荷馬車はほぼ追いつかれることなく逃げ切れたから、途中で川にでも入ってがっつり斥候役を洗えば何とかなるかもだが、普通の荷馬車もかなり近くまで追われていただろう?
つまり、ああいう平均的な荷馬車でもアーミーアントの群れに遭遇したらかなり絶望的なのか?」
あれだけ近かったら立ち止まってクリーンなり水球なりでしっかりフェロモンと魔力を洗い流す余裕はなさそうだ。
「馬の体力が尽きる前に運良く日が暮れてアーミーアントの群れが一旦退却してくれない限り、生存は絶望的だな。
夕方に遭遇して偶然生き残った探索者や商人がうっかりフェロモンを洗い流さずに村や町に入って翌朝アーミーアントの群れを引き寄せることもあるから、村や町の傍にアーミーアントの巣が出来たら速攻で討伐依頼がでるんだ」
ダルディールが顔をしかめながら溜息を吐いた。
どうやら平均的な荷馬車でもアーミーアントの群れに遭遇した際の生存率はあまり高くなく、そしてうっかり生存者が群れを村や町に引き寄せてしまったときの被害は中々大きいようだ。
「アーミーアントだ!」
アーミーアントのテリトリーに入って暫く進んだところで、おんぼろ荷馬車の幌の上に乗っていた探索者の声が響く。
馬役の探索者がさっさと馬車をUターンさせて逃げ出し始めた。
本当だったら御者が馬に命じてUターンする筈だが、もしかしたら魔物が出てきたら馬も逃げようとして自発的にUターンするのかも?
そんなことを考えて見ている間に走り始めた荷馬車の後ろへアーミーアントの先頭が追い付きそうになってきている。
ギリギリのタイミングで、探索者が酢入り炭酸水(多分)を撒き始めた。
「ちゃんと怯んでいるな」
直撃を喰らったアーミーアントが怯み、追跡を止める。
だがその後から群れの他のアーミーアントが追いかけ続け、次々と酢入り炭酸水を掛けられるがだんだんと揺れが酷くなってきたせいか上手く水が掛からない場合も起きてきた。
「横だ!」
ギリギリ何とか逃げていたが、酢を掛けられて混乱してぐるぐる回っている個体を避けたらしきアーミーアントが迂回した形になって荷馬車へ横から取りついた。
上にいた探索者が警告を発するが、荷馬車の構造上、幌を破かない限り側面に取りついたアーミーアントに酢を掛けられない。
幌の上にいた探索者が斬撃でそのアーミーアントを倒した。
「確か、斬撃でアーミーアントを倒せるのは一流探索者なんだっけ?
つまり、あんなおんぼろ荷馬車を使っているような商人には雇えない?」
隆一がダルディールに尋ねる。
「偶然一流探索者が里帰りするとか移動する際に気まぐれで依頼を受けたとでもいうんじゃない限り、厳しいな。
アーミーアントに遭遇したら側面にもあれをかけられるように、幌の上からもあの魔道具で迎撃出来るようにしないと群れに遭遇したらダメか」
ダルディールが溜息を吐きながら言った。
結局、おんぼろ荷馬車はなんとか階段のスペースまで逃げ籠めたが、アーミーアントの視界から逃げ切れるほど距離を稼げなかったので、数体のアーミーアントに追いかけられたままだった。
どうやら酢入り炭酸水はアーミーアント退治の特効薬になる訳ではないようだ。
あっさり食われて死ななかっただけ、状況は大分と改善されたんですけどね。




