1277.蟻対策:魔力(16)
バタバタ走る荷馬車が隆一達が隠れている丘の前を通り過ぎたあたりで商人役のゼルガンが酢の詰め替えが終わったのか、低圧洗浄機モドキから酢入り炭酸水をアーミーアント達に振りかけ始めた。
今度は量を減らす代わりに距離を延ばす為に穴を3分の1塞ぐよう先のキャップをひねっているらしく、明らかに先ほどまでよりも飛距離が長い。
「お?
怯んでるな?」
酢入り炭酸水の直撃を喰らったアーミーアントが動きを止め、嫌そうに頭を振りながらちょっとそこら辺をぐるぐると回り始めた。他のアーミーアントも酢入り炭酸水を喰らうたびに脱落するため、荷馬車が階段近くに来た時にはアーミーアントの群れはすぐ後ろにはいなくなっていた。
「上手くいったな!
荷馬車がアーミーアントの群れを引き離して逃げられるとなったら、アーミーアントの群れが出現する地方を動き回る商人の生存率が大幅に上がりそうだ」
ダルディールが隆一の背中を叩きながら嬉し気に言った。
どうやらアーミーアントの群れというのは隆一が考えていた以上にやっかいな問題だったらしい。
隆一の周辺で見ていた探索者たちも、控えめな声ながらも喝采をあげている。
「酢入り炭酸水は効果があったようだが、濃縮酢の詰め替えがちょっと危なかしかった。
防水加工したまま液体を長期間保存できる紙パックみたいなものってないのかな?
酢の瓶からの詰め替えが問題なようだから、びりっとナイフで切り裂いて直ぐに中を注ぎ込める紙パックとかに濃縮酢を入れられたらいいと思うんだが」
瓶よりも紙パックの方が軽いだろうし、ガタガタな道を運んでいる間に割れる可能性も低い。
「紙のパックに液体を入れて保存するという考え自体がないな。
どう考えても水分が染み出てしまうだろう」
ダルディールが目を丸くして隆一の提案に応じる。
「そうなのか?
俺の故郷ではそれなりに頑丈で防水加工をした紙で二リットルぐらいの箱を作って、それに飲み物を入れて販売していることが多かったが。
とは言え、濃縮酢はかなり酸性度が高いから、それこそ保存袋で中をカバーでもしないと無理かな?
と言うか、保存袋に詰めて、うっかり袋を破かないように紙パックで保護する形が一番いいかも?」
それなりに頑丈な紙パックを作れるかが問題だし、保存袋がナイフで簡単に切り裂けるかのチェックも必要だが。
「保存袋を濃縮酢を運ぶのに使うというのは新しい考え方だが、竜の血液や内臓でも安全に入れて持ち運べるように作られているんだ。
濃縮した酢程度だったら大丈夫な筈。
あとは頑丈な箱を紙で作れるかが問題か」
顎をさすりながらダルディールが呟く。
「ちなみに、保存袋ってナイフで切り付けたら破けるのか?
ナイフで多くても二回ぐらい刺したら箱と袋とが両方破けるぐらいの強度じゃないと困るだろう」
隆一が付け足す。
重さと割れない頑丈さを考えると瓶よりも木箱の方が良いが、木箱ではナイフで破ることは出来ない。
瓶だったら最悪の場合は注ぎ口の部分を荷馬車の角にでもぶつけて叩き割ることも可能だ。
ガラスの破片が混じったら魔道具の方が故障するかもしれないので後で念入りに洗って確認する必要があるが。
「ふむ。
ちょっと色々と研究させる価値はありそうだな。
あとでギルドの研究部の連中に試行錯誤させて、上手くいったら商業ギルドにも売り込んでみよう」
にやりと笑いながらダルディールが言った。
「じゃあ、次行くぞ~!!」
アーミーアントの群れがテリトリーに戻るのを確認して、ギルドの職員が階段のスペースから出てきて声を上げた。
丘から眺めながらもしもの時用に待機していた探索者たちの中から、5人ほど階段付近の方へ走って向かい始めた。
今度は高級路線な荷馬車での実験らしい。
高級路線な荷馬車はがっしりしていて揺れが少ない代わりにちょっと重いので、3人で引っ張って走ることになっている。
重いが揺れない荷馬車だとどう変わるか、興味深いところである。
酢は基本的に瓶に入って売られてますよねぇ。
紙パックでは無理なのかな?




