1276.蟻対策:魔力(15)
「それじゃあ、本番行くぞ~!」
探索者ギルドの職員が大きく声を上げた。
「「「おお~!」」」
ノリがいい探索者が多かったのか、あちこちで声があがる。
先ほどから練習して走り回っていた3台の荷馬車の内2台を迷宮内保存具と共に階段付近に避けておき、実際にアーミーアントのテリトリーに近づくパーティ以外は隆一が立っている丘の手前に集まって見物を始めた。
「そう言えば、態々別に3台の荷馬車を使うのはなんでなんだ?」
個人差があっても問題がないかを確認するために何組かの探索者パーティに協力を頼むのは分かるが、態々荷馬車を3台も持ち込んだ理由は微妙に不明だ。
14階まで降ろしてくるのはそれなりに大変だろうに。
「やはり荷馬車も値段相応に揺れなかったり頑丈だったりと言った違いがあるからね。
高級な荷馬車しかダメだったなんて結果になる可能性もあるから、取り敢えず中古のおんぼろと、平均的な荷馬車と、高品質な荷馬車と3通り試すことになったんだ」
ダルディールが隆一に説明した。
なるほど。
距離があるこの小高い丘から見てる分には同じような荷馬車に見えたが、実際はそれなりに違うらしい。
馬役の二人組がアーミーアントのテリトリーの端近くまで荷馬車を引いていき、斥候役の一人がテリトリーの中に入っていく。
「実際に隊商とか行商人って先に斥候を出して進むのか?」
離れて先に進んでいると斥候役だけ殺されてしまいそうな気もするが。
確かに斥候役が戻ってこない時点で何か危険な存在が待ち受けているという警報代わりにはなるが、死んでしまう斥候にとっては割に合わないだろう。
それとも斥候役はその分死ににくいランクの高い探索者がやるのだろうか?
「理想としては斥候役が先を進む方が良いな。
実際には先頭の荷馬車の上に乗っていて周囲を警戒しておく程度のことが多いが」
ダルディールが説明した。
まあ、荷馬車の上から見回すだけでも、地面に立つよりはそこそこ早く危険に気付けるだろう。
それで隊商全体の生存率がどのくらい上がる(もしくは下がる)のかは不明だが。
斥候役の死亡率がダントツに高い行動を強いることで斥候役をやってくれる探索者を雇えなかったり、そのために大金を払う羽目になったりすることを考えると、荷馬車の上から見張らせるぐらいが現実的な妥協点なのかもしれない。
そんなことを考えている間に、アーミーアントと接敵したらしき斥候役が戻ってきた。
『逃げろ、アーミーアントだ!』
ちょっと棒読みに斥候役が荷馬車が視界に入ったところで声を上げた。
「「アーミーアント?!」」
やはりちょっと棒読みに商人役と馬役の探索者も声を上げ、急いで荷馬車の向きを変えて元来た方向へ戻り始める。
「なんか劇の演習みたいだな」
プロと言うよりは中学か高校の学園祭の演劇程度のレベルだが。
「色々とそれっぽいセリフを言わせる方が探索者たちも真面目にやってくれるんでね。
それにこういう時にどういうセリフを言うのが常識的かって分かっていると実際にそんな場面が起きた時に迷わなくて済むって実は好評なんだよ」
小さく笑いながらダルディールが説明した。
「へぇぇ」
中々素早く、荷馬車の向きを変えて馬役たちが必死そうな顔で荷馬車を引っ張り始めた。
考えてみたら、進む先に不味い魔物が居るとなったら、逃げるときは確かにUターンする必要がある。
最初から階段の方向を向いて待っていればいいのにと思っていた隆一だが、それでは現実的ではないのだろう。
30メートルぐらい荷馬車が動いたところで、斥候役が追い付いてきた。
後ろからアーミーアントの群れが追ってきている。
急いで荷馬車側に乗っていたもう一人の探索者が低圧洗浄機モドキを取り出して、荷馬車の後ろから斥候役に酢交じりの炭酸水をかけ始めた。
ちょっと距離があり、走りながらなせいか意外と外しまくっているが。
「さっきまで練習していた時は特に問題は無さそうだったのに、意外と外すな?」
本番で商人がやるとなったら更に外れそうだ。
実際に魔物に追い掛けられながらの放水と言うのは難しいのかも知れない。
「やはり実際にアーミーアントに追いかけられるとちょっと焦るんだろうな」
ダルディールもちょっと顔をしかめながら言った。
やっと斥候役がびしょ濡れになったところで最初の酢が切れたのか、商人役が慌てて低圧洗浄機モドキをの蓋を開け、新しい瓶の栓を抜いて濃縮酢を注ぎ込もうとしている。
が。地面の出っ張りに乗り上げたらしき荷馬車が大きく揺れて、酢の瓶が商人役の手から吹っ飛び、後ろを走っていた斥候役の頭に見事にぶち当たった。
「ゼルガン、てめえ何しやがる!!」
斥候役がちょっと切れた声を上げた。
よく見たら、商人役は以前回復の練習台になった中堅探索者だった。
相変わらず、いまいち要領が悪いようだ。
「悪い!」
そう叫びながらゼルガンが慌てて別の酢の瓶を荷馬車の箱の中から取り出し、今度は問題なくそれの栓を開いて低圧洗浄機モドキの中に注ぎ込んだ。
「考えてみたら、酢じゃなくて防水性の高い紙パックみたいのに入れて、ナイフで切り裂いたら一気に注げるようにした方が良いか?」
ボトルから酢が流れ出るのにそれなりの時間が掛っているのを見た隆一が呟く。
「まあ、そこら辺は探索者ギルドや商業ギルドが適当に試行錯誤するさ。
あとはアーミーアントに追いつかれた時にあれで追い払えるかだな」
ダルディールがじっとアーミーアントの群れを見つめながら応じる。
斥候役に付いたフェロモンは既に洗い落とした筈だが、アーミーアントの群れから視認されているのでガンガン追いかけてこられている。
先ほど斥候役を洗い流すために地面に酢入り炭酸水がこぼれたところはちょっと避けて走っていたようだが、実際にそれをアーミーアントの群れに掛けたら追いかけるのを止めるのかどうか。
ちょっとドキドキする。
デヴリン単体でやった時は実際に引いたが、何分デヴリンの脅威度は非常に高い。
安全な餌だと思われる相手でも、アーミーアントの群れが魔力と酢入りの炭酸水で追跡を止めるかは興味が湧くところだ。
軽く当たった程度なので瓶を頭に直撃されても走り続けられてますw




