1275.蟻対策:魔力(14)
「ほらほら走れ~!」
今日の14階はまるで運動会のような様相になっていた。
荷馬車を引っ張る2人組の探索者があちこちで走る練習をしており、それを後ろからアーミーアント役数名が追いかけ、荷馬車の後ろでは商人もしくは護衛役の担当者が酢を混ぜた創水の炭酸水を荷馬車とアーミーアント役とにきっちり掛けようと悪戦苦闘している。
結局、色々と実験してみたところ炭酸水を直接アーミーアントに掛けても特に効果はなかったが、酢や高濃度アルコールを掛けるとそれなりに嫌がって追跡の動きが遅くなり、これらに魔力を込められた場合はある程度以上掛けられると混乱するのかふらふらと動き回って追跡自体を止めるようになることが判明したのだ。
アルコールは空気に触れていると蒸発してしまう上に、誰かに飲まれてしまう可能性も高いという指摘から、酢を使うことになった。
酢も大量に持ち歩くのはそれなりに負担なので、高濃度の酢を創水と混ぜて嵩を増やし、取り敢えず追跡を止める程度までの濃度と魔力の組み合わせを何度もデヴリンにアーミーアントに追いかけられてもらいながら解明した。
で。
それを実際にアーミーアントに遭遇してしまった商人が走って逃げ戻ってきて、一緒に逃げることになった荷馬車から酢入りの炭酸水を振りかけて荷馬車と商人のマーキングを消して逃げ切れるかの実験をすることになったのだ。
ただまあ、荷馬車を引っ張って逃げるとなるとうっかり馬車が倒れたりして馬役や商人役の人間がアーミーアントの中に投げ込まれたりしたらすぐそばでデヴリンが待機していても危険性が高いという事で、先に試運転的に逃走予定ルートの魔物を討伐し終えた14階で魔物役と商人役とを振り分けて、探索者たちに予行演習をやって貰うことになったのだ。
人数が多いしそれなりにバタバタしているので隆一が中で一緒に参加しては危険だとなり、隆一本人は近くの小高くなった丘っぽい場所でダルディールと予行演習の様子を確認している。
「走ると荷馬車ってかなり跳ねるんだなぁ」
ちょっとした小さ目な岩に車輪が乗り上げて、ぐんっと後ろが跳ねた馬車から転げ落ちた商人役の人間を見ながら隆一が呟く。
「重ければああも跳ねはしないが、その分スピードが出ないし馬の疲労が酷くなるからな。
最近だと魔物や盗賊に追われた際は妖精の手の出力を最大にして逃げるらしいぞ。
以前だったら積み荷を捨てて逃げるのが主流だったが、大抵の商品だったら魔石の方が安いから、妖精の手の出力を最大限にして魔石を2、3個使い切る選択をする商人が多いそうだ」
ダルディールが隆一に教えた。
「だけど軽いせいで後ろがガタガタ揺れて落ちる人間が居たらちょっと本末転倒じゃないか?」
落ちた人間が魔物に喰われたらそれが時間稼ぎになるかも知れないが、人間よりは積み荷を囮にする方が良いだろう。
まあ、親戚や大切な取引先から預かった見習いとかじゃない限り、見習いなら商品の方が大切だと考える商人もいそうな気もしないでもないが。
「いや、実際の商人だったら積み荷を捨てて軽くなった荷馬車で逃げる経験はそれなりにあるからな。
普段は荷馬車になんて乗らずに周囲で戦っている探索者だからこそ、魔道具を使ったりなんだかんだでバタバタしている間にうっかり落ちてるだけだと思うよ」
ダルディールが笑いながら隆一の言葉を否定した。
なるほど。
今までだったら積み荷を捨てて逃げていたので、商人側はそれなりに軽くて跳ねる荷馬車には経験があるのか。
「実験の本番はもうそろそろいけそうかな?」
今日の午前中から魔物を間引いたり荷馬車を人間が引いて逃げる練習をしたりといった前準備はしていたのだ。
隆一は午前中は家で色々と他の作業をしていて、午後から本番のアーミーアントとの遭遇戦を観察するために来た。そろそろ本番を見たい。
「ああ。
大体もういいんじゃないかな?」
ダルディールが頷いた。
この実験が上手くいったら今度は本当の行商人や隊商隊の商人に参加して実験をする予定なのだが。
上手くいくか、楽しみだ。
奴隷とか下働きを囮に突き落とすのもラノベあるあるですよねぇ




