1271.蟻対策:魔力(10)
「よし、またアーミーアントと接敵して、フェロモンを掛けられて戻って来てくれ」
18階の階段に辿り着いた隆一は、デヴリンに毎度おなじみのお願いをした。
「はいはい」
魔力測定の魔道具とホースとバケツを飛行式運搬具から取り出し始めた隆一にちょっと呆れたような視線を向けてから、デヴリンが素早く走り去っていった。
「アーミーアントのフェロモンを洗い流せるようにすると言っていたが、今度は何をテストするんだ?」
ダルディールが尋ねる。
「この測定器でフェロモンの魔力を測定して、こっちで水をぶっ掛ける。
その際に魔力がちゃんと上書きされたかを再度この測定器で確認って感じだな。
そんでもって魔力を洗い落とした段階でもう一度フィールドに出てアーミーアントに追いかけられるか確認してもらいたい。フェロモンの臭いそのものに反応するかも知りたいところだが、そちらは魔力が上書きされるぐらい水をぶっ掛ければ大丈夫だろうと期待している」
魔力測定器と低圧洗浄機もどきを指しながらダルディールにこれからの実験を説明する。
「……つまり、デヴリンはびしょ濡れになるんだ?」
ダルディールが微妙そうな顔で確認してきた。
「……そうだな。
当然乾かすが、考えてみたら濡れても構わない雨合羽でも着てきてもらうべきだったか」
幾ら乾かしてクリーンを掛けるとは言え、あまり理想的ではないだろう。
「まあ、探索者の防具は血や雨水や泥で汚れることも想定の内だからな。
水洗いして直ぐに乾かしたらそれなりに元の状態に戻るように作られているから、構わないだろう」
ダルディールが軽く笑いながら応じた。
「……後で穴兎の燻製でも多めに渡しておくか」
ケーキよりも多分そちらの方が喜ばれるだろう。
そんなことを話している間に、デヴリンが走って戻ってきた。後ろからアーミーアントが追いかけてきたが、まだかなり距離がある。
今回は階段まで引っ張って来る必要がないと判断して、態々アーミーアントを待ったりせずに全力で走ってきたらしい。
「どこにも触らずに、そこに立ってくれ」
近くに辿り着いたデヴリンに隆一が指示する。
デヴリンが階段の領域に入った瞬間に追っていたアーミーアントの動きが変わった。
一つの方向に皆で進むのではなく、ウロウロと周囲を探している感じだ。
考えてみたら、魔物は人間を視認したら襲って来るので、どうやら階段内は魔力が遮断されるだけでなく、魔物による人間の視認も防いでいるようだ。
魔力測定器のスクリーンを手に取り、デヴリンの方に測定器を向ける。
「腕と胸にそこそこかかっているが、顔にも少しついているようだな」
迷宮内でフェロモンの魔力をちゃんと測定できるか心配だったのだが、どうやら問題ないようでハイライトした色がみえる。
「ほおう?
こないだの試薬も興味深かったが、これも面白いな」
後ろからスクリーンを覗き込んだダルディールがコメントした。
「あ、測定出来た部分が試薬で反応する範囲と同じか確認するから、ちょっと待ってくれ」
毎回吹き付ける必要はないが、初回だけは試薬と同じ範囲が魔力測定器でハイライトされるか調べる必要がある。
「考えてみたら、上にオーバーオールでも着て来るべきだったな」
デヴリンがちょっと苦笑しながらぼやいた。
「悪いね。
俺も何か準備すべきだった。
今度お詫びに穴兎の燻製を持って来るよ」
シュワシュワと試薬を吹き付けながら隆一が詫びる。
「それは嬉しいね。
フリオスに会っても秘密にしておいてくれよ?」
ニヤニヤと嬉しそうにしながら冗談混じりにデヴリンが頼んできた。
「そのうちフリオスにもデヴリンを借りまくっているお詫びに穴兎の燻製を持っていくべきかもだな。
まあ、それはさておき。
大体測定器で魔力が付いていると判定された部分に色が付いているな」
迷宮から出るどころか階段を半分以上移動すると消えてしまう魔力が相手だと、新しい魔道具の試行錯誤もし難い。なので魔力測定器が問題なくフェロモンの魔力を認識するのに使えそうなのは非常に助かる。
「さて。
次はこれで水洗いだな!」
低圧洗浄機もどきを手に、隆一が宣言した。
顔を洗い流すときは直接バケツから自分で水を手に掬って掛ける方が良いかも。
でも、現実ではそんな暇はないからホースでぶっ掛けたらどうなるか、確かめなきゃだね!




