1257.18階(18)
「見事に一瞬で消えたな」
隆一の傍に控えていたダルディールが感心したように周囲を見回しながら言った。
「ああ。
……あれ?
物理的に消えたのか、それとも魔力的部分だけが消えたのか、どっちなんだ?」
ふと隆一が呟き、慌てて階段の方に戻ってテントを取って来た。
それを先ほどまで青く発光していた床の上に置いてみるが、特に何も変わらない。
「う~ん、考えてみたらルミノール混合液だけじゃ駄目で、魔力痕跡用の試薬を混ぜて初めて発光したから、魔力が抜けたら確認できないか」
テントをどけながら隆一が考え込む。
地面に手をこすりつけてみるが、砂埃が手に着いただけで、ごくわずかな飛沫だったフェロモンが残っているかどうか、全く分からない。
「……ま、いいか!
取り敢えず、群れを全滅させたら何かが消えることは確実だし、この試薬でフェロモンが残っているかは確認できるんだし!」
ちょっと考えていたが魔力の抜けたフェロモンが残っていたのかどうかの確認方法は思いつけないと諦め、隆一は肩を竦めてアーミーアントの遺骸から魔石を取りだし始めた。
「何か問題があるのか?」
向こうの方で倒したアーミーアントから魔石を取り終わったらしきデヴリンが戻って来ながら声を掛けた。
「いや、迷宮内って生き物がない場所に放置したら暫くしたら遺骸も荷物も迷宮に全部吸収されるけど、それらはスパッと手を離した途端に一瞬で消える訳じゃあないだろ?
そう考えると、群れが全滅した瞬間にフェロモンが消えるのって不思議だなと思ってね」
隆一が答える。
「それを言うなら、階段を半分以上上がったら消えるのだって不思議じゃないか?
群れ自体が生きているのに」
デヴリンが隆一の疑問点に更にアーミーアントのフェロモンの不思議な点を付け加える。
「確かに。
しまったな。試薬を確認している時に一度階段を半分以上登ってから戻ってきたら試薬が全然反応しなくなるのか、チェックし忘れた」
隆一が辺りに散乱するアーミーアントの死骸を見回しながら呟いた。
流石にこれ以上アーミーアントを殺して貰うのはちょっと気が引けないでもない。
今まで散々隆一自身で魔物を惨殺しているのだが。
「あ~。
取り敢えず、別の群れと一回接敵して、戻ってこようか?
今回は別に群れを全滅させないでも、ここまで来てその試薬を噴きつけられた後に階段を登ればいいんだよな?」
デヴリンが尋ねた。
「頼んでいいか?
あ、ここら辺の遺骸から全部魔石を取り除いてからにしよう。
そのチェックが終わったら、取り敢えず一度上に戻りたい」
隆一が頷いた。
考えてみたら、階段を半分登るだけでアーミーアントのマーキングが消えるとなったら、このフェロモンに吹き付けた試薬が外でも日陰で発光して見えるかのテストは不可能だ。
ちょっと残念だが、少なくともここで階段を半分以上登った瞬間に発光が消えれば、地上では明る過ぎて見えないのではなく、単に迷宮内の魔力の不思議な繋がりが消えているからという事が確定する。
「ほいほい。
あとはこっちのだけかな?」
デヴリンが右側に積んであるアーミーアントの死骸を解体しながら軽い感じで応じた。
隆一が自分でコボルトやホブゴブリンの群れを倒すついでに歯形を取る実験に付き合わせるのには特にそれ程良心の咎めを感じなかったが、倒すのまで全部頼むとなると何とも悪い気がしている。だがデヴリンにとっては自分で倒したり蹴り飛ばしたりする方が、万が一にも隆一が負傷する危険が無くて気楽なのかも知れない。
死んだ魔物の口を開けて歯形を取るよりは、普通に戦って最後に魔石を取りだすだけの方が早いし慣れているのだろう。
あっという間に解体が終わった一行は、隆一とダルディールが階段に色々と広げた道具を運搬具に片付けている間にデヴリンが別のアーミーアントのテリトリーへ行って一回だけ戦って戻ってきた。
「じゃあ、ほい!」
隆一がデヴリンの防具に試薬を噴きつける。
テスト用のシャツが無くなったので防具に直接だ。そのせいか青さが先ほどよりは目立たないが、それなりにはっきりと見えている。
「で、これで階段を上がればいいんだな?」
デヴリンが確認して階段を上がり始める。
「おう、頼む」
じっと隆一がデヴリンの防具を見つめながら応じる。
動画を記録できる魔道具でもあれば、発光が消える瞬間を記録できそうなのに。残念だ。
「今回も一瞬で消えたな」
デヴリンが階段の半ばを超えたところで青く光っていた防具が瞬きする間も無く元に戻ったのを見て、ダルディールが感心したように言った。
「ああ。
推論的に分かってはいたが、本当に目で見ている間に階段を一段登っただけで消えるとは、何とも不思議だな。
こうなると、多分フェロモンが物理的に消えるんじゃなくて魔力が抜けるだけなんだろうな。
魔力が抜けただけでマーカー機能が無くなるフェロモンなんて、種族としてどうなんだという気がしないでもないが」
隆一が頷きながら運搬具に魔力を通して階段を登り始める。
それなりに満足が行く結果は得られたので、あとはこれをどう活用するか、考えねば。
魔物なだけに、魔力が重要な生存メカニズムの一環なんでしょうねぇ




