1254.18階(15)
階段の範囲から出たデヴリンに、アーミーアントの群れが反応した。
何もせずに出た時ほど露骨に殺意マシマシ状態で迫って来るほどではないのだが、完全に奇麗になった状態の時よりも明らかに反応は早い。
「う~ん、やはりちょっと何か残っているみたいだな。
顔と頭を水球に突っ込んで適当に洗う程度じゃダメなのか、薄い上着一枚ではフェロモンを完全に防げていないのか……」
襲ってきたアーミーアントの一体をデヴリンが切り倒し、そのまま階段に戻って来る。
「近すぎて追い払うのが面倒だったから倒したが、別に群れを全滅させなければ大丈夫だよな?」
デヴリンが尋ねる。
「構わないと思う。
じゃあ、次はこっちを試してみよう」
軽く頷きながら、隆一が魔力の痕跡を探す用の試薬をスプレーする。
「で、中に入ってくれ」
テントのフラップを上げて、デヴリンを押し込んだ。
「なんかかなり臭いがきついな??」
デヴリンがちょっと鼻をつまみながら苦情を言った。
魔力の痕跡用の試薬はちょっとつんとした臭いがする液体だったのだ。
階段ぐらい開けていればまだしも、閉じられたテントの中だと臭いが充満し始めた。
「悪いな、ちょっと我慢してくれ」
色々な実験の途中で嗅ぐ悪臭に慣れている隆一は気にもせずにブラックライトを照らしてデヴリンの体を確認する。
「う~ん、微妙に、ごく微かに、発光している……かも?って程度だな。
多少は反応しているっぽいが外でこれじゃあそれこそ真っ暗な暗闇じゃないと使えないな。
ちなみにアーミーアントの群れって夜に襲ってくることもあるのか?」
地球の蟻は種類によっては夜行性なのも居た筈だが、考えてみたらアーミーアントは現在この明るい環境で動いているのだ。
完全に夜行性ではない筈。
「巣の上で騒ぐとかしたら追いかけてくるが、ちょっと近づいた程度なら出てこないし、臭いを付けて追われている場合も夜になったら引っ込むかな?
翌朝になったらまた追いかけてくるが」
デヴリンがちょっと考えてから応じた。
ふむ。
つまり、何とか暗くなるまでアーミーアントの群れに追いつかれなければ、暗くなってからこの試薬を噴き掛けてフェロモンを掛けられた部分を探して洗い落とすというのも可能ではあるのか。
「ちなみにアーミーアントの持久力と移動速度って馬と比べてどうなんだ?」
流石に荷物をがっつり積んだ荷馬車に負けることはないだろうが、荷馬車を捨てて人間と馬だけで逃げたらどうなのだろうか?
とは言え、考えてみたら行商人は荷馬車を捨てたら破産してしまいそうだから、捨てられない場合もありそうだ。
そこら辺は何らかのギルドで互助制度の支援はないのだろうか?
まあ、そういう互助制度はリスクを取ってハイリスクハイリターンな稼ぎ方をする人間が得をする形になりやすいから、廃れそうな気もしないでもないが。
「速度は馬の方が早いが持久力はアーミーアントの方が圧倒的。
だからうっかり巣の傍に踏み込んで戦闘になった場合はきっちり殺しきるか、アーミーアントの群れが襲撃してきても撃退できるだけの戦闘力がある町にでも走り続けて逃げ込めるような距離じゃない限り、アーミーアントの群れとの遭遇は死を意味することが多いんだ」
デヴリンが憂鬱そうに言った。
そうなると夜まで待ってやっと確認できる程度の試薬では意味がなさそうだ。
「ふむ。
まあ、これはちょっと有望だけどこのままじゃダメってことで。
じゃあ、それを脱いで次はこっちでまた頼む」
デヴリンからフェロモンと試薬がついたシャツを受け取り、先ほどのと別の袋に密封してから着替えのシャツを渡して追い出す。
今度は別にアーミーアントの反応がどうでも構わないので、顔と髪の丸洗いは無しだ。
「……これ、シャツは何枚持ってきたんだ?」
デヴリンが受け取ったシャツを着ながら尋ねてきた。
「あと5枚だな!」
取り敢えずメジャーな試薬を何種類か持ってきたのでそれら単体とコンビネーションを試すために8枚ほどシャツを持ってきたが、今日で満足できる結果が得られなかったらまた色々と試薬を作り、シャツも洗濯して明日以降も実験の予定だ。
まあ、思いつく限りの試薬を試してもダメだったらフェロモンを落とす方の手法の研究に舵を切るが、取り敢えずはちゃんと落ちたかを一々アーミーアントの前に出て反応を見るという方法でなく確認できるようになりたいので、出来れば使える試薬が見つかることを期待したい。
「またこいつか。次!」




