1230.肉チェック(10)
「治癒速度への影響は下の層の魔物を食べた方が大きいようだな」
突進豚と突進牛を食べたグループの治癒速度のテストは大して結果に違いが出なかったが、レッドブルを食べさせたグループは他のグループより15%程度早かった。
これは中々の発見である。
「これって不十分な回復しか受けられなかった場合、怪我した後に食事を変えることで回復の補完が出来るにでしょうかね?」
エフゲルトが少し首を傾げながら尋ねる。
「不明だな。
というか、よっぽど長期の遠征でない限り戦闘前に保存食を食べるのだって数日程度の可能性が高いから、その程度の食生活の変化で有意な改善が生じるかも不明だな。
そもそも保存食にした場合に同じ効果が生じるかも要確認だし」
レッドブルを食べたグループの結果を再確認して、特に突出して良かったり悪かったりした人間が居ないことをチェックしながら隆一が応じる。
「戦争だと半年とか何年間も続くこともあると聞きますが?
歴史の授業では30年間戦い続けた戦争もあるそうですよね?」
エフゲルトが指摘する。
「そういうだらだら長い戦争の場合は兵士がどの程度の頻度で入れ替えられるのか、不明だからなぁ。
それにそういう戦争をやっていたら迷宮の下の方の魔物の肉を使って保存食を作る余裕があるかどうかも不明だな」
回復師の不足を食材で賄えるのだったら計画的に下層の魔物の肉を使う可能性はあるが、上の人間が短慮だったらそういうのに対する予算をカットするアホが出てきても不思議はない。
まあ、レッドブルの肉で効果が出るならば、あれは酸素ボンベ用に必要だし、回復師が戦場に取られてしまって治療が遅れがちになる王都の怪我人や病人に対する需要からレッドブル素材の依頼は続くだろうから、その肉を使った保存食の製造は続くかも?
「取り敢えず、フリオスかダルディールにでも現時点で探索者や軍が使う保存食の材料の肉が何かを確認して、レッドブルの肉の燻製やフリーズドライ食と現存の保存食とで違いが出るかの実験だな」
アーマーボアやバターブルの肉の方が更にいいのかの確認もしてみたいところだが、考えてみたらそれらの討伐依頼はそれなりに高額になってしまうから、予算がかさむことになるし、それこそ戦時中には補給が厳しくなるだろう。
◆◆◆◆
「食事の素材で回復量が増える……かも、という事ですか?」
探索者よりも軍の方が比較的高額な保存食をそれなりな量で購入する可能性があるだろうと言うことで、隆一はフリオスに先に相談してみることにした。
どちらにせよ、考えてみたら探索者は保存食も自己負担の世界なのだ。
下層の魔物の肉を使った保存食の方が傷の回復が早くなるという事が分かったら計画性と資金力のある探索者は自分でそう言った物を買うだろうから、軍の方で検証が出来た時点で探索者ギルドにでも情報を流せばいいだろう。
「確証はないんだが、少なくとも7階の突進豚や突進牛を2週間食べさせたスラムの人間と、12階のレッドブルの肉を2週間食べさせたスラムの人間とに同じような傷を負わせて同じランクの回復薬を掛けた場合に、傷が治るのに必要な回復薬の量がレッドブルを食べた人間の方が15%ぐらい少なかったんだ。
だから、保存食でも同じ結果が出るか試してみたいんだが……中層下部の肉で今の軍が使っている保存食よりも階層が下なのかを知りたいし、変わらないのだったらもっと下層の肉を使って次の遠征時にでも実験をしてみたい」
スラムの人間はちょっと栄養失調気味な人間を被験者として選んだ。
現時点でちゃんと栄養が行き渡った人間の遠征中の保存食を2週間程度変えた際に、回復速度に違いが出るかを確認しなければ軍に売り込む意味はない。
別に軍に売り込まなければならない理由はないので、実験する口実なだけではあるが。
「……あの超ド級に不味かった保存食が上等な肉を使っていたとは考えたくありませんね。現在の保存食の肉もそこまで良い物は使っていないとは思いますが、確認してみましょう」
フリオスが少し考えてから頷いた。
「ちなみに、魔術師は何か食べ物で魔力の回復量が違うと実感したりすることはあるのか?」
隆一的には検査のやり方が思い浮かばなかったのでテストしなかったが、肉なり、もしくはそれこそ下層の果物をドライにしたつまみなりで違いがでるなら、そちらの実験をしてみても面白そうではある。
「魔力の回復量は体調や周囲の環境などにも左右されるから、検証しにくいのですよ。
大掛かりな討伐があってくたくたになるまで毎日魔力を振り絞ると少しの違いもそれなりに感じ取れるのですが、幸いにもそういう状況は滅多にないので」
フリオスが少し申し訳なさげに答えた。
どうやらドライフルーツでの魔力回復の実験は出来ないようだ。
魔術師は、被験者になるのを逃れた!




