1228.肉チェック(8)
2週間が経ち、毎日しっかり肉(と野菜と芋も)を食べたスラムの住民はどのグループもかなり健康になった様子だった。
だが。
「意外と違いが出無いな」
エフゲルトが下町の神官たち及び他の開発品の耐久テストで雇った人たちに協力してもらって確認した能力値は、持久力 (シャトルラン)と筋力(重しを持ち上げられる重量を足、腕、及び背筋でチェック)、敏捷性(反復横跳び)等といった項目だった。
どの項目も2週間で目を見張る程の向上が見られたが、突進牛を食べたグループも突進豚のグループもレッドブルのグループも、多少の違いはあっても意外な事にそれは誤差かも?と思えるレベルだったのだ。
「これって、はっきりした違いが出なければもう少しテスト期間を長くするかもと期待して皆で共謀したとかって無いよな?」
想像していた結果に全くなっていなかった事に、思わず隆一はエフゲルトに聞いてしまった。
あれだけ露骨に回復力や回復スピードが違うのだ。
戦った際の突進のスピードだって違っていた。
なのに食べた際に誤差程度な違いしか生じないというのはちょっと納得しがたい。人間は食べたものから作られるのでは無かったのか。
「そこまで長期的展望があって、三十人のスラムの住人を説得できるような話術を有する人間だったらスラムになんていないと思いますよ?
体力テストを行うために、5体満足な人間だけを集めましたし」
エフゲルトが答える。
確かに。怪我などで働けなくなり、スラムに落ちる人間ならそれなりに計画性や交渉力のある者もいるかもだが、5体満足なのにスラムで落ちぶれているのはもっと積極性のない人間が多そうだ。
「体力ではなく魔力値に差異が出たのかなぁ?
だが被験者に殆ど魔術師は居なかったから、テスト対象を見つけるのがなぁ……」
魔術師ならば運動神経が鈍かろうが、根性が足りなかろうが、ゴーレム狩りで活躍できるので、肉体派な探索者にスカウトされる。
そうじゃなくても悪事だって魔術が使えれば色々と応用が効くし。
なのでスラムのテストに応募した中で魔術師だった人間は貴族に睨まれてスラムから顔を出したら即命を狙われると怯えていた三人しか居なかった。魔術師や錬金術師でない場合は魔力を放出する手段が限られる為、増えたとしてもその魔力量を計測するのが難しい。
「騎士団の魔術師に協力して貰っても、既にある程度魔力を磨いちゃっているからイマイチ有意な反応が出なさそうなんだよなぁ」
魔力が空になるまで術を放ち、各種肉を食べてもらうグループを作って魔力の回復量を調査する手もあるが、騎士団の魔術師になるような一流連中だと魔力の量が多過ぎて、中層程度の肉では誤差の範囲になってしまいそうだ。
「もうここでテストを辞めますか?」
エフゲルトが唸っている隆一に尋ねる。
「いや、計画通り傷の治りもチェックしたい。栄養失調状態から健康になったらある程度は治りが早くなるとは思うが、レッドブルと突進豚・牛組に違いがあったら、まだ応用が出来るかも?」
微妙にどう活用するのか不明な気もするが。
怪我ならまだしも、病気だと疾患タイプによっては魔力の多い下層の食材は却って危険な場合もある。
怪我人にしても、下層の肉を療養食として食べられるだけの経済力があったら回復師にしっかり怪我を癒して貰えそうだから、食材がより下層にある物を食べる方が治りが早いという情報が役に立つのかは……分からない。
「戦場などに持っていく保存食を下層の食材から作ると継戦能力が上がるかもですね」
エフゲルトが頷く。
確かに。
シビアな状況での戦いと縁がない隆一には想像出来なかったが、言われてみれば戦場だったら回復師の魔力も希少扱いになって患者をトリアージュして死なない程度にしか治療できない可能性はある。
そんな時に、下層の肉の燻製などを提供できたら良いかも?
経費が高くなり過ぎて予算が足りないかもだが。
「よし!
ガンガン被験者の人を切り付けて結果を観察していこう!
俺がスパッと切るから、5ccずつ回復薬を傷に垂らして、何ccで出血が止まるかと、何ccで傷が塞がるかとを記録してくれ」
全部隆一が作って同じ回復量になるよう詳細鑑定で確認してある回復薬なのだ。
必要量に違いが出たら、食する魔物の種類や階層で治療への効果に違いが生じる証明になる可能性が高い。
有意な違いがあったら、今度はスラムの人間ではなく鍛えた騎士相手に、実際に戦った時に負うようなもっと重い傷で実験をしたいところだが。
被験者が見つかるだろうか。
とうとう人間まで嬉々としながら切り付けるようになった……




