1219.17階再び(9)
帰りにイチゴを取ってくると約束して、サンプルのチェックの結果報告と共に夕方にイチゴのショートケーキを受け取る合意をタルニーナから取り付けて、隆一は食堂の方へ行った。
ダルディールはイチゴを採ってくる代わりに栗のケーキを頼んでいた。
最近はタルニーナのグループがスイーツを外部にも売るようになったので果物や栗・胡桃の採取依頼を探索者ギルドの方で出しているらしく、取ってきた素材のスイーツでなくても良くなったらしい。
今では一切れ程度だったら現金払いでもいいらしいのだが、相変わらず果物や木の実と交換した方が割がいいと言われた。
「デヴリンはスイーツやパイはいらないのか?
俺とダルディールは頼んできたけど」
食堂に入り、デヴリンが座っていたテーブルに着きながら隆一が尋ねる。
頼まれていなかったので、デヴリンの分はオーダーしていない。
「あ~。今日は何を採りに行くんだ?」
デヴリンが尋ねる。
「15階から降りる際に16階でついでにイチゴを集めようと思っているんだが。
是非とも栗か胡桃か他の果物が欲しい!!ていうならそっちに寄っても構わんけど」
隆一が応じる。
「ああ、16階のイチゴでいいよ。
今日はイチゴを持って帰ってこっそり自室で食べるわ」
デヴリンが応じた。
どうもデヴリンは栗のケーキや胡桃のタルトはそれなりに好きだが、ショートケーキやフルーツのロールケーキは偶に食べたがる程度のようだ。
「そっか。
ところで、騎士団で怪我をしたときに何を食べた方が回復が早いとかっていうような情報ってないのか?
アーマーボアよりバターボアの方が魔力がある間は怪我の回復が早かったことを考えると、バターボアの魔力が含まれる肉を食べる方がアーマーボアの肉よりも回復が早いかもと言う仮説が立ちうるんだが、実際の所どうなのかなと思ってね」
コップに水を注ぎながら隆一がデヴリンに尋ねる。
怪我をしても見習い回復師頼りになりがちな探索者よりも、しっかり回復師や回復薬を使って出撃可能なコンディションを常時キープしている騎士団の方が回復に良い食事なんかに関して知識を蓄積していそうな気がする。
回復師任せで食事の効果なんて全然気にしていない可能性もあるが。
「騎士団では特にあまりそういう考え方は無いぞ?
それなりに予算が出るし、騎士は貴族の次男三男も多いからで食堂では中層以下の良い肉が使われている。だからもしかしたらそれが回復に貢献しているかも知れないが、豚系と牛系のどちらの肉を食べるかは個人の好みと仕入れの状況次第だし、誰も食事による回復スピードの差異なんて口にしないから気にしてないんじゃないか?」
デヴリンが目を丸くしながら応じた。
どうやら食材によって回復度が変わるかもという考え方はこちらの世界では(でも?)無いらしい。
「新鮮なドラゴンの肉は食べると体力・魔力の回復に役に立つという話はあるけどな。
実際には新鮮なドラゴンの肉を食べられる時なんて死力を尽くして戦った後なことが多いから、達成感のお陰で回復を実感しているだけな可能性が高いが」
ダルディールが指摘する。
隆一はため息を溢した。
「軽い怪我だったらポーションを使ったら完全に治っちまうし、ポーションを掛けても完全に治らないような大怪我は流石に自分なり他人なりに意図的に受けろと頼むのは躊躇われるからなぁ。
ちょっと切って、回復術をかける代わりに深層部の肉を食べたら全く何もしないよりも早く治るか試してみるかねぇ」
痛い思いをするのは嫌だし面倒なのだが。
殴られた痣に冷凍の肉を当てるなんて言うことをアメリカへ留学した時に知り合いがやろうとしていたが、あれは肉を当てるのがいいのではなく、単に冷凍した物を当てて冷やす際に、肉が一番あの友人の冷凍庫に沢山入っていたというだけのことだと思う。
そう考えると、生の魔物肉を傷口に当てたら早く治るかの実験をする気も起きない。
「食事で怪我が早く治るか、試したいのか?
怪我までいかなくても、せめてこう、スラムの貧乏家族とか船から降りたばかりのガリガリな密航者相手に下層の肉と上層の突進豚の肉とを食べさせるグループを分けてみて、体力アップの違いでも確認する程度で始めてみたらどうだ?」
デヴリンが意外にもかなり常識的な試験方法を提案してきた。
確かに、体力アップの効果すら違いがないなら、傷の治癒にも有意な違いは出なさそうだ。
体力アップに効果があっても傷に効果があるかどうかは不明だが。
「そうだな。
集団で試せばそれなりに傾向としてある程度は見て取れるか。
スラムの貧乏人と密航者、どちらが良いかな?」
どちらも縁がない相手なのだが。
新しい乾かさないタイプのバンドエイドなんて、どうやって人間相手に試したんですかね?
やっぱお金を払って被験者に切り傷を付けてもらって試したんだろうか……




