1217.17階再び(7)
「おっし」
バターブルのテリトリーに入り、突進してきた魔物にしっかり狙いをつけてクロスボウから足止め用のボーラもどきを打ち出す。
左前脚に絡まるだけになるかと一瞬思ったが、良い感じに粘着網のロープが右の前脚にも絡みついて、バターブルがもんどりを打って倒れた。突進している時の足の動きって想像以上に早いから、ちゃんと粘着網が絡まるんだなぁ。
「うわ、あれで大丈夫なのかな?」
下手をしたら首の骨を折って死んでしまうかと思ったが、慌てて鑑定したらちょっとスタン状態になっているだけで全然平気なようだった。なので急いで近づき、設置型足止め用魔道具でバターブルを固定した。
「ちなみに魔物と戦っている時に今みたいに魔物が吹っ飛んで首の骨を折って死ぬなんてことは無いのか?」
王都迷宮に出る魔物は突進型が多いことを考えると、足を取られたらもんどりを打って首の骨を折ることも多そうな気がするが。
「突進型っていうのは頭突きで敵を倒すんだぜ?
自力で走るスピードで何かにぶつかった際に折れるほど柔な首だったら今頃死に絶えているよ」
デヴリンが指摘した。
確かに?
突進して頭突きで敵を倒すなりスタン状態にした後に踏みつけるなり噛みつくなりするのだったら、自分がぶつかった勢いで死んでいたら話にならない。
まあ、突っ込む時の角度で首の骨や脳への衝撃を最小限にする体勢に関する本能もあるのだろうが、自力で走ってきて足を取られて転ぶ程度だったらもんどりを打ったとしても首の骨が折れることはないのだろう。
実際に、バターブルの骨には罅すら入っていないようだし。
「そっか。じゃあ取り敢えず、バターブルも切り付けてどの程度回復できるのか、観察だな。
最初は普通に切るにしても、脂肪分を何度かに分けて確保して味が変わるかも確認してみようかな」
バターブルの脂肪をバターとして使う場合、魔力の残留量が味に特に影響があるとは聞いていないが、自然に抜けたのではなく無理やり体を治療するために魔力を引き抜かれた場合に味が劣化するのか、確認してみたい。
もっとも、隆一の舌では味の違いをそこまではっきり認識できるか怪しいので、タルニーナに確認してもらう必要があるが。
というか、執拗に怪我を負わせた結果として味が変わったところで、深い意味がある訳ではないが。
すいっと20センチほど太ももを切り付ける。
見ている間にあっさり出血が止まり、傷口を水で洗い流して更に観察していたら2分もしないうちに傷がふさがっていた。
「アーマーボアよりも早いな」
アーマーボアは傷がふさがるのに倍ぐらい掛かっていた。
まあ、アーマーボアの場合切り付けるのに必要だった労力が倍以上だったが。
「では次はちょっと脂肪を採取させてもらおうか」
20センチ切り付け、ちょっと皮をのける感じで下にある脂肪をナイフで削り取り、シャーレに入れて『切り付け2回目』と書いて冷蔵用魔法陣を刻んだ箱に入れる。
その後は5回ほど切り付けて傷の治りにかかる時間を記録。
「そろそろ傷の治りが遅くなってきたな。
もう一度脂肪を採ろう」
傷が治ったといってもそろそろ傷跡が完全に消えなくなってきた右の太ももから移動して、左の太ももを切り付け、脂肪をナイフで採取する。
此方もシャーレに入れてメモを書き込み、冷蔵庫用の箱へ。
いい加減、足元が血だらけになってきたので一度周囲を水洗いしてみた。
17階だったらテリトリーの端の方にでもいるのでない限り、多分まだ他の魔物が突っ込んでくることはないと思うが、乳を搾るのや倒して解体するのと違い、かなり時間をかけて生きた魔物を切り開いているせいでそれなりに出血しているからか、血の量が普段より多い。
下手をしたら例外的な感じに魔物がそれに引き寄せられる可能性があるので、定期的に洗い流してクリーンの術を掛けた方がいいだろう。
ダルディールとデヴリンも周囲にそれなりに注意を払って警戒しているし。
まあ、単に魔物であろうと繰り返し切り付けてだらだら血を流す場面をしっかり見たくないだけなのかもしれないが。
更にガンガン切りまくり、とうとうバターブルの魔力がかなり薄くなってきた。
「やはり魔力が枯渇すると傷の回復がほぼ起きなくなるな。
そう考えると、魔物の魔力か体の構造は本当に人間と違うよな。
人間だってそれなりに魔力があるが、2分で傷がふさがったりはしないぞ」
魔物の血を輸血するなんてことは無理だが、その魔力の効果の働き方を理解出来たら、人間も自分の魔力でもっと素早く外傷を治せるかも知れない。
今のところ魔法陣は見当たらないので、一体なぜこうなるのか、全く理解できないが。
「取り敢えず、止めをさして解体だな」
魔力が無くなってから解体した肉や脂肪がどんな味になるのか、楽しみだ。
ちなみに最後に取り出した魔石はやはり濁っていた。
ベテラン探索者も嫌がる虐待シーン?!




