1177.同一か否か(4)
「ザファード。
ちょっとここに手を乗せてくれないか? 魔力認証の魔法陣を少し弄ったんで人間の魔力にどのくらい個人差があるか確認したいんだ」
書斎に顔を出した隆一は、そこで仕事をしていたザファードに声を掛けた。
「今度は手を乗せるだけで良いんですか?」
ザファードが大人しく手を差し出しながら尋ねる。
「おう。
新鮮な血を使うぐらいだったら普通に手を乗せてもいいだろうと思ってな。
あとは他の魔物の素材を使う予定だが……もしかしたらちょっと午後から探索者ギルドに行く必要があるかも知れない」
ザファードの手を認識して、数秒後に現れた魔力線を自分及びエフゲルトのと見比べながら隆一が言った。
「迷宮内に入るのでしたらちゃんといつものお二人に同行してもらってくださいよ?」
隆一の手にある紙を興味深げに横目で見ながらザファードが注意する。
「いや、今日は取り敢えず冷凍庫に入っていない素材があればいいだけだから、解体部の素材をちょっとずつ買わしてもらうだけだ。
ダーシュもちょっと実験に付き合ってくれないか?」
隆一が横で書類を書き込んでいたダーシュに頼み込む。
「魔力認証ですか?
何かあれに新しい機能をつける必要ってありましたっけ?」
大人しく魔法陣に手を乗せながらダーシュが尋ねる。
「魔物の素材が同一個体からかどうかを確認するための魔道具を開発出来ないか試しているだけだから、人間にはあまり関係ない筈。その一環で、同じ種族間で魔力の波動にどのくらいの個体差があるかを確認したかったんだ」
ダーシュの魔力線も手に取り、4人分の魔力線を机の上に広げながら隆一が言った。
「大分と違いますね」
4本の線の形を見比べながらザファードがコメントした。
「ああ。
これだけ個人差があるのに、俺とスライムの線がこれだけ似ているのってやはりスライムに俺の魔力を食わせているからなんだろうなぁ」
自分の魔力線の斜め上にスライム2体の魔力線を置きながら隆一が言った。
「……確かに、知らなかったらこちらはリュウイチ殿が風邪か何かで体調が悪い時の魔力線なのかと思うぐらい、類似性が高いですね。
他の3人との違いを見ると同一人物の波動と誤解してもおかしくないぐらい近そうに見えます」
ダーシュが微妙そうな顔をして言った。
「ちなみにこれってこのスライムの魔力がリュウイチ殿のだと魔力認証で誤認されるほどは近くないですよね??」
ちょっと心配そうにザファードが聞いてきた。
現時点では隆一の魔力認証で特に重要な登録はしていない筈だが、流石にスライムを使えば隆一のふりが出来るというのは問題だろう。
「……俺の作った死んだ魔物の魔力を拡大調査して比べる魔法陣では同一だと認識されないが、大元の普通の生体用の魔力認証のでも大丈夫かは確認してないな。
後で確かめておくよ」
ある意味、魔力で育てたスライムが育てた人間の魔力ダブルになって魔力認証をすり抜けられるとなったら、どの程度の期間スライムに魔力を食わせる必要があるのかとか、本人の元を離れてどの程度の日数が経ってもスライムが本人と認識されるのかとか、色々と確認してみたいところだ。
もしもそんな誤認が起きるのだったら、魔力認証にこういう問題があるという事実を商業ギルドなり王宮なりに知らせて対応策を即座に取らせるべきだろうが……ある意味、何も言わずに情報を葬り去る方がいい気もしないでもない。
「ちょっと今すぐ確認してくるから、部屋から出ないでおいてくれ」
二人に言い置き、急いで隆一は実験室に戻った。
スライムで人間の魔力認証をごまかせるとなったら、その情報を公開するか握りつぶすかをちゃんと決めて、握りつぶすとなったらザファードとダーシュ及びエフゲルトに機密保護の誓約をさせる必要がある。
「どうしたんですか?」
慌てて戻ってきてスライムの方に向かった隆一にエフゲルトが声を掛けてくる。
「ちょっと気になることがあったんでね。
少し待ってくれ」
隆一は手を加える前の魔力認証の魔道具を机の上からひったくり、自分の魔力を急いで登録してからスライムをシャーレに入れて上に乗せた。
「ほら、頑張って魔力を漏らすんだ!」
中々魔力認証が出来るほどの魔力を漏らさないスライムに向かって思わず声を掛ける。
焦れてブンブンとシャーレを揺すったら、危機感を感じたのか少し多めにスライムから魔力が漏れた。
ブー。
魔力認証失敗の音が魔道具から流れた。
どうやらスライムは魔力を与えた人間の複製ダミーとしては機能しないらしい。
良かった。
この話が広まったら『おい、このスライムを持っていって俺の代わりに職場でタイムカードに魔力を流してきてくれ』なんてなったりw




