1174.同一か否か
魔物に血液型や遺伝子があるのかは不明だが、それを魔術で確認するのはほぼ不可能だろう。
同一個体かのチェックをするならば、どうやって調べるかも不明な血液型や遺伝子を調べるよりも、現存する技術を応用するのが一番楽である。
そう考えると、金庫や結界での魔力認証の術が一番お手頃だろう。
「そういえば、金庫とか結界に入るための魔力認証の術って、対象者から採取しておいた血とかを使って確認する形には出来ないのか?」
朝から実験室で座り込んで考えていた隆一は、いつも通りの時間に現れて部屋の片づけを始めたエフゲルトに尋ねた。
下町の貧乏な家庭に育ったエフゲルトに魔力認証を使うような金庫と縁があったとは思えないが、隆一が助手として雇ってから色々な魔道具の使い方や仕組みに関して暇があったら調べている様なので、最近は疑問に思ったことは先にエフゲルトに聞くことにしているのだ。
「対象者の指や腕を切り取って持ってきて侵入されたりしたら困るので、生きた状態じゃないと魔力認証できない形に開発されたって話ですよ」
隆一が書き散らしたメモや仕様書を確認してファイルへ綴じながらエフゲルトが答えた。
なるほど。
そう考えると、科学者とかアクセス権のある人間の指や目玉をえぐり取って高セキュリティな場所へ侵入することがよく映画やドラマで描かれている地球の生体認証技術というのは、こちらの世界の認証よりもワンランク下という事なのだろう。
血流の動きが無かったら生体認証の対象にしないとでもすればよかったのに、そこまでする技術が難しいのか、費用が掛かりすぎるから切り捨てて開発されたのか。
うっかり殺されて指や目をえぐり取られた被害者(ドラマでなく現実にもいると想定した場合)の命の為にも、最初からちゃんと生きた素材じゃないと認証できないようにするべきだったのに、そうしなかった地球の企業は片手落ちと言わねばならない。
取り敢えず、魔力認証の魔法陣を確認して、生きた状態じゃないと認証対象としないとしている部分を見つけ出して削除しなければ。
流石に生きているコボルト相手に魔道具を使って個体認証を確認する気にはなれない隆一だった。
◆◆◆◆
「今日は何をしているんですか?」
朝からずっと実験室から出てこない隆一の様子を見に、ザファードが顔を出した。
「折角色々と実験して迷宮内の魔物が決まったプロトタイプの複製体であることが分かったんでね。
今度はそれを活用しやすいように、倒した魔物が他の魔物と同じ個体か否かを確認できる魔道具を作ろうと思って」
ひたすら魔力認証の魔法陣を解析してどこで生命反応をチェックしているのかを確認していた隆一が顔を上げながら答える。
「そうだ、ちょっと血をくれ」
ナイフを手に、近寄ってくる姿はちょっと怖い。
「はぁ??」
ザファードが一歩下がりながら聞き返し、エフゲルトの方を見やった。
「魔力認証の魔法陣を弄って、生きていなくても使えるように修正しようとしているのでその実験用に欲しいのでは?
私の血を使いますか?」
エフゲルトがザファードの言葉にされなかった質問に答えつつ、隆一の方へ手を差し出した。
「……倒した魔物の素材から同一個体か否かを確認するのだったら、新鮮な血ではなく、冷蔵庫に入っている魔物の肉でも使ったらどうです?」
今にもナイフでエフゲルトの腕を切りつけそうだった隆一の手を止めてザファードが提案した。
いくら隆一が回復の術で切り傷を直ぐに治せて、エフゲルトが自分の血を実験用に提供したいと思っているにしても、無駄な傷を作る必要はない。
「確かに?
現実的な話として、ちょっと古くなった肉でも確認できる程度じゃないと倒して直ぐの素材でないとダメとなったら実用性はかなり下がるだろうしな」
ナイフを手にエフゲルトの方へ向かおうとしていた隆一が足を止め、頷いた。
「どうせだったら冷凍した肉でも出来るかとか、トレントの木材でも出来るのかとか、色々と試すと面白いかな?」
この世界の生き物はすべてある程度は魔力があるのだから、考えてみたら動物でも同じ実験が出来る筈である。
魔力が少ない家畜や小動物相手だったら精度が下がるかも知れないが。
後でそれこそ猫たちや犬たちの抜け毛でも出来るのか、試してみよう。
いや、髪の毛だったらまずは魔力の多い人間の毛で先に試すべきか。
毛だったら抜いたばかりの新鮮なのを使ってもいいし。
髪をよこせ〜!




