1172.久しぶり
「最近はどうしているんだ?」
久しぶりにお茶に招いたアーシャが、イチゴのショートケーキに手を伸ばしながら訪ねてきた。
前回会った時はバーベキューの最中で社交的な集まりでの雑談だったので表面的な話しかできなかったし、その前は煌姫が一緒だった。考えてみたら久しく面と向かって会話していなかった気がしたので、今回はアーシャ一人を招いた隆一だった。
煌姫にもそのうちまた声を掛ける予定だが、女性を二人招くと基本的に二人が話しているのを横から見ているだけになる。
前回二人を一緒に招いた時は、二人とも楽しそうだったが実質隆一は場を提供しただけでほぼ会話に参加しなかった。
隆一には女性の会話に口を挟めるほどの社交的スキルはない。
「26階の宝箱探しに挑戦したいと思って鍛錬をやり直しているんだが、集団戦としてコボルトと戦う練習をしていたら個体差に関して気になってね。
ついついのめり込んで暫くの間はひたすらコボルトを倒して歯形を取ってそれの比較研究をしていたよ。
ついでにデヴリンに軍か国かよく知らんがに交渉を頼んで、ヴァーレとファルダミノ迷宮にも行かせてもらった」
警備にあれだけの人数を割かれたのだから行かせて『貰った』が正しい言葉だろうが、自分の行動が権力者にお伺いを立てねばどうにもならないというのはちょっと微妙ではある。
とはいえ、好きなように暮らすだけのセキュリティを提供して貰わねば隆一が誘拐リスクの非常に高い存在であるのは事実なので、文句を言ってもしょうがない。
代わりに好きな分野の研究を経済性を考慮せずに没頭できる資金があるので、考えようによっては地球での生活よりも自由があると言えなくもない。
金銭的自由というのは多くのサラリーマンが渇望して止まないゴールなのだ。
それが最初から手に入っていて、研究開発まで出来るだけの資金も提供されるし、危険な迷宮の中ですら比較的自由に動き回れるだけの護衛まで付けて貰っているのだ。
文句を言ってはいけないという気がしないでもない。
自分で召喚に合意した訳ではないので時折鬱屈を感じるが。
「歯形??
コボルトに噛みつかれたときのダメージの差を調べていたのか?」
フォークでショートケーキを切り取りながらアーシャが首を傾げる。
「いや、それは考えた事がなかったな。
歯形を比べて分かったのだが、ヴァサール王国にある迷宮内のコボルトは全てが10体程度のプロトタイプの複製のようなんだ。
王都迷宮内で何度もコボルトを虐殺しまくってリポップした個体を確認したんだが、まったく同じ歯形を有している個体が繰り返し出てくるんだよ。
しかもヴァーレやファルダミノ迷宮のコボルトも王都迷宮と全く同じ個体が多くいた」
アリスナが置いて行った砂時計の砂が落ち切ったので、お茶をカップに注ぎながら隆一が答える。
「は??
全く同じ??」
アーシャの手が止まった。
「おう。
ファルダミノからの帰りに適当な森の傍に降りて昼食を食べた際に野良のコボルトを何体か倒して死骸を持ってきて貰ったんだが、そっちは全然違う歯形だった。
迷宮内の魔物は決まったモデルを具現化している感じなんだろうな」
長く倒されなかった個体とか、大繁殖寸前の迷宮内の個体とかがどうなるかは興味深いところだが、どちらも近づくのは危険すぎて隆一が個人的に確認するのは多分無理だろう。
まあ、これからも迷宮での探索を続けて基礎能力値をガンガン上げていけば、いつの日かそういうことも可能になるかも知れないが。
「魔物が型にはまった複製だっていうのはびっくりだな!
そんなことがあり得るなんて、リュウイチはどうして思いついたんだ?
想定していなければ歯形を調べようなんてしないだろう?」
ショートケーキを口に放り込んで美味しさに暫く見悶えていたアーシャがそれを飲み込んでから聞いてきた。
「集団戦の練習としてコボルトの群れを討伐するようになって、個体によってこっちに襲ってくるスタイルが違うのに気付いてね。
どう違うんだろうというのが気になって取り敢えず全部が違う個体なのかを確認したいと思ってまずは歯形を取ってみたら、意外にも同じ型のが多かったのが始まりだな」
これが地球だったらそれこそ遺伝子を調べて攻撃的なタイプとか、後ろから適当についてくる怠け者タイプとかの遺伝子を探し出せないか調べてみても楽しかったかもしれない。
まあ、果てしなくリポップする害獣の遺伝子テストなんてある意味金持ちの道楽だから、地球にいた頃に隆一にはそんな検査をする資金力はなかったが。
ほぼ無尽蔵な資金力のあるのに、そういう検査をする手段がないとは世の中上手くいかないものだ。
元々雑談エピソードのつもりだったけど、マジで新しい情報のない雑談だけだった……




