1166.ファルダミノ迷宮(10)
「やはり野生の魔物は色々と怪我の跡とかもあって違うなぁ」
持ってこられた3体のコボルトの死骸を確認しながら、隆一が思わず満足げに溜息を吐いた。
別に死骸をみっちりねっちり調べる趣味がある訳ではないのだが、最近歯形に嵌っていたおかげか、やはり色々と興味が湧く。
こうやって実際に外で生きていた魔物と比べてみると、迷宮内での魔物が不自然なほどに奇麗だったことが分かる。
基本的に傷跡はなかったし、手足の爪に異臭を放つ汚れも挟まっていなかった。
自分が解体する死骸は清潔な方がいいと言えばいいのだが、やはり迷宮内のリポップした魔物はある意味純粋培養状態に近いのだろう。それでも漂っていた悪臭は何が原因なのか、興味も感じるが。
考えてみたら、迷宮内の魔物から変な菌を移されることは無くても、外で倒した魔物を触れた後の除菌は要注意かも知れない。
まあ、そこら辺は迷宮内よりも外で魔物を倒すことが多い騎士団の人間にとっては言われるまでもない知識なのだろうが。
「おお~。
歯が欠けてる!」
口を開けて、中を覗き込んだ隆一が思わず声を上げた。
虫歯はとくにはないようだが、何か固い岩か骨でも齧ったかぶつけたかしたのか、犬歯の一部が欠けていた。
また、奥歯の方に汚い腐りかけた肉片と思われる何かが引っ掛かっている。
「ふむ。『クリーン』!」
かなり多めに魔力を籠めて口の中に生活魔法の『クリーン』を掛ける。
変な肉片がついた状態で歯形をとったりしたら、紙にも菌がつきそうだし、それを隆一邸の実験室に持ち帰るのは嫌だ。
歯形を取っている間に手を切ったりして菌が入ったら破傷風か何かそれに近い感染症一直線な可能性も高そうだし。
色々と詰まっていた汚れや歯石もどきまで取れた口の中は、ちょっと歯が一回り小さくなった感じがしないでもない。
インクを塗って歯形を取ってみたら、やはり迷宮のコボルトよりも歯と歯の間が少し広いようだった。
好奇心一杯な感じに近くから覗き込んでいるデヴリンはスルーして、残りの二体の口の中もクリーンを掛けてから歯形を取る。
「どうだ?」
わくわくした感じのデヴリンが聞いてきた。
「どれも、迷宮内の個体の歯形とは違うな。
どうやら魔物がプロトタイプ通りなのは神やダンジョンマスターが直接関与している迷宮内でだけのことらしい」
そういえば、ちゃんと攻略されていない迷宮は限界を超えたら魔物があふれ出す大繁殖を起こし、出てきた魔物はそのうち周辺地域に根を張って繁殖し始めるという話だった。
ヴァサール王国ではもうずっと迷宮発の大繁殖なんて起きていないらしいが、出来ることならば大陸側の大繁殖寸前な迷宮でコボルトの歯形サンプルを集めまくった後に、大繁殖が起きて迷宮から出てきて地域に根付いたコボルトの歯形がどうなっていくのか、確認したいものだ。
迷宮から出てきて肉体的に雄と雌で繁殖したコボルトは確実に迷宮内のサンプルと違う歯形になるのか、それとも一部はリポップした魔物と同じような歯形になり、徐々にその数が減っていくのか。
可能だなら本当にそこら辺の長期経過観測をしたいところなのだが……。
大繁殖間際と言われるような魔物過多な迷宮に隆一が入るのはまず認められないだろうし、そんな管理不備一歩手前な地域に隆一が行くこと自体が無理だろう。
大繁殖後の魔物があちこちにいて危険極まりない地域へ行って魔物のサンプルを集めて歯形を取りたいなんて言っても絶対に無理だろうし。
迷宮がほぼ完ぺきにコントロールされて、大繁殖の危険をほぼ排除してある安全な国に召喚されたのは安全性に関してはとても望ましい状態だが、どうせならもっといろいろと研究ができるような状況に気軽に足を延ばせる環境に呼ばれたかったかも知れない。
まあ、そんな状態に召喚されたのだったらかえって安全性確保の為とか言って一日中家の中(神殿か王宮の可能性もあり)に軟禁されていた可能性も高い。
文句は言うべきではないだろう。
まあ、どこの国でも王宮近辺の安全管理はほぼ完璧でしょうけどね




