1165.ファルダミノ迷宮(9)
「ちなみにここら辺にはコボルトは出ないのか?」
夕食を食べ終え、就寝の準備を始めながらふと思いついて隆一はキュルトに尋ねた。
王都への帰途の最中ではなく、この野営地のそばでコボルトが出たならば、隆一にも戦わせてくれるかも知れない。
もしくは、せめて殺したての死骸を確認できるとか。
「日中に野営地担当の連中が周囲の魔物を一通り倒した上で魔物も動物も嫌がる刺激臭の強い粉を撒いているからな。
大繁殖が起きるとか、誰かが群れに手を出して興奮させたうえで引き連れでもしない限り寄ってこないだろうな」
キュルトが答えた。
なるほど。
そういえば王都から来た初日も、先行隊が何やら野営地周辺で準備をしていたらしいが、周辺をテリトリーにしている動物や魔物を討伐したうえで忌避されるような刺激臭で追い散らしていたらしい。
特に野営地で変な臭いには気づかなかったが、人間にとっては不快ではない刺激臭なのか、臭いが届かないぐらい距離がある場所で撒いたのか。
どちらにせよ、招かれ人の護衛に死角はないらしい。
「そうか。
手間を掛けさせて悪いな。取り敢えず、明日のランチ時にそばにコボルトが居ることを期待するしておこう」
森の中で遭遇した騎士を襲い掛かって反撃されてくれるとありがたいのだが。
逃げられるようだったら追いかけて倒すのは時間がかかって難しそうだ。
◆◆◆◆
翌朝、行きと違ったルートを飛んでいると思っていたら、やがて森のそばにある草原地域に着陸した。
「ここにしましょうか。
あの森にはコボルトが生息しているという話なので」
どうやらコボルトが生息すると分かっている森を意図的に狙って飛んでいたらしい。
「お、ありがとう。
取り敢えず、待っている間に適当にそこら辺の草でも見ているよ。幸運を祈る」
きびきびと2パーティ分の騎士が昼食用の陣営を準備し、警護している間に残りの騎士たちが森に入っていくのに声を掛ける。
「おう。まあ、上手くやってくれるだろう。コボルトはそこそこ野良も多い魔物だし。
草を見るのは良いが、急に飛び出したりしないでくれよ」
デヴリンが近くに来ながら応じた。
どうやら騎士たちの警備があるにも関わらず、そばで護衛するつもりらしい。
ある意味、デヴリンとダルディールに森の中へ突っ込んでもらう方が確実にコボルトを倒せそうだが、それを望むのは無理なのだろう。
攻略済みな迷宮と違い、外の草原地域に生える草は色々な種類があった。
取り敢えず暇つぶしもかねて、片っ端から鑑定していく。
殆どがただの草なようだが、ものによっては微妙に薬効があるものも見つかる。
とは言え、迷宮内で見かけた薬草のように露骨に薬効の高い草はなかった。
というか、『薬草』という名称がついている時点で神かダンジョンマスターが『ポーション用に作った素材』感が満載なのだ。
ある意味、それを超える薬効がそこら辺の雑草にあったらその方が驚きだろう。
漢方のような緩やかな長期的効果を狙う場合にはこう言うのが良いのかもしれないが、残念ながら隆一に漢方の詳しい知識はないし、この世界の植栽は地球の植物とは違うので漢方の知識があったところでそれをそのまま流用は出来なかっただろう。
地球に鑑定能力を持ったまま戻れて、漢方の素材を鑑定出来たらそれと似たような効果のある素材をこちらで探して漢方薬を作れるかも知れないと思うと、ちょっと残念ではある。
魔術そのものや魔法陣は地球の技術でそれなりに代用できるし、出来なくても極端に問題はなかったが、鑑定能力だけはあちらで使えていたらどれほどよかったかと思えてしょうがない。
鑑定能力があれば薬の開発もぐっと効率化できていただろう。
まあ、最近はAIの発達で色々と試行錯誤のプロセスをスピードアップさせる研究も進んでいたようだが。
地球に残ったオリジナルな隆一の方がもしも煌姫と結婚していたら、そこら辺にがっつり資金をつぎ込ませているかも知れない。
夢か何かで知識の共有化が出来たらいいのにとふと思ってしまった隆一だった。
「……何体か倒しました!」
森の方から騎士たちが帰ってくる音がしたと思ったら、嬉しいニュースを知らせる声が聞こえた。
「うっし!!
ありがとう!」
野生のコボルトは虫歯だらけだったりしたら笑えるw




