1156.魅惑の素材(6)
「ご機嫌いかがかな~?」
隆一はファルノが持って来てくれたネコシソの葉を1枚手に持ち、猫たちが昼寝に良く使う部屋を訪れた。
午前中と午後だと日が当たる場所が違うし、それも季節に日差しの角度が変わるのでクッションの位置などを修正するのだが、今日も予想通りの場所に二匹がまったり寝転がっていた。
ネコシソの葉を手で擦り、少し風を煽るようにして匂いを飛ばしてみる。
「にゃ?!」
ピンっとアルーナの耳と尻尾が立ち、すちゃっと窓際のクッションから飛び降りてきた。
一瞬遅れてセリスも突撃してくる。
「うわっと」
ゴンゴンと頭突きされる感じで葉に突撃されたので、喧嘩しないように葉を二つに割いてそれぞれの前で床の上に手を広げて乗せる。
ゴロゴロゴロゴロ。
かなり賑やかに喉を鳴らす音が響きわたり、二匹とも熱心に頬や体全体を葉に擦り付けるような感じで隆一の手に飛びついてきた。
ちょっと葉を噛んで舐めている感じもするが、食べてはいないようだ。
「なんですか、これ???」
猫たちの痴態にちょっと引いた感じでエフゲルトが尋ねる。
「猫が好きな草らしい。
匂いが人間にとっての酒みたいな効果があるらしいんだが……酒でもここまで一気に酔っぱらう様なのは余りないよな??」
思わずちょっと首を傾げてしまう隆一だった。
考えてみたら、酒で陽気になるには比較的弱いのを時間を掛けて人と飲みながら酔っ払うというプロセスが必要なのかも知れない。
一気に強い酒を飲んで酒が回ったらそのまま倒れるか寝てしまう可能性の方が高そうだ。
まあ、どちらにせよ猫達は葉を食べようとしていないし、酒と違ってこのネコシソは嗅覚で何か刺激するようだが。
ちょっとしたフェロモンの一種なのだろうか?
「なんか涎が垂れてませんか?
本当に大丈夫なんでしょうか」
エフゲルトがちょっと心配そうに床で身悶えている猫たちを覗き込む。
確かに隆一の手が涎でデロンデロンな上、擦り付けられて毛だらけだ。
「興奮させる効果があるが、30分程度で切れて中毒性はないって鑑定では出たから多分大丈夫な筈?
興奮して涎が垂れているのに気付いていないだけなんだろうな……」
猫が興奮すると涎が垂れると言うこと自体、知らなかったことだが。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら隆一に手から床に落ちた葉に体をグイグイと擦り付けていた猫たちだが、やがて本当に20分ぐらいでちょっと動きが落ち着いて来て、30分後にはスンという感じで起き上がって何もなかったかのように窓際のクッションに戻って行っていた。
「……なんかすごく不思議な感じですね。
こう、それこそ伝説の魅了魔法が時間切れになったみたいだ」
エフゲルトが独り言のように呟いた。
「あれ?
魅了魔法なんてあるんだ?」
眠らせるとか昏倒させるとか言った魔術は回復系の術としてあるが、考えてみたら人の気持ちを左右するような魔術は教わっていない。
そう言うのが不可能なのか、禁忌として禁じられているのか知らないが、今度調べてみても良いかも知れない。
それこそそんな魔術があるならハニトラで使われそうだから、対処方法や危険な兆候などを隆一が教えられていそうなものだが。
「伝説ですね~。
実際には無いのか、あるとしたら危険すぎて出来る人間は殺されちゃうレベルで禁止されているんじゃないでしょうか?
ただまあ、小説なんかで主人公の家族や恋人とか、騙される脇役に使われる設定は良くありますね」
エフゲルトが答えた。
なるほど。
こちらの世界で乙女ゲーム的な小説が流行っているのかは不明だが、小説を盛り上げるための危機を演出する舞台装置として使われる事はあるらしい。
というか、考えてみたら地球ですら逆ハ―狙いなヒロインが出て来る乙女ゲームなんぞ現実性皆無で、タイパ重視なざまぁ系の小説でしか存在しなかったし、現実社会ではまずありえなかっただろう。
実際に貴族や政略結婚が存在するこちらの世界だったら逆ハーは当然の事ながら、庶民っぽい挙動が貴族らしくお淑やかな婚約者に飽きた良家の令息を誘惑するなんて話も妾一択でしかありえないだろう。実際に魅了の魔法なんてものがあった場合は、周囲がサクっと変な行動をしている『ヒロイン』を何らかの方法で封じそうだ。
それに、色々と介入してくるこの世界の神だったら魅了なんていう人の心を歪める魔術は許さない気がする。
まあ、それはさておき。
隆一はアルーナとセリスが日向ぼっこに戻った後に残された葉の残骸を手に取った。
「かなりよれよれだが、食べてないってことは美味しい訳ではないのかな?
おやつに混ぜるよりも、オモチャの中に入れるとか擦り付けるのが良さそうだ」
頬を摺りつけたがるのだとしたら、オモチャに擦り付けて振りまわしたら猫側に『動かすな!』って怒られそうな気もしないでもないが。
外国のお土産にキャットニップのオモチャを貰って猫に出したらちょっと引くぐらい熱狂してた……




