1151.魅惑の素材(4)
「庭師として働いておりますジルジェ・ダースです」
「息子で庭師見習いとして働かせていただいておりますファルノ・ダースです」
「この屋敷を買った榎本隆一だ。
庭の面倒を見てくれてありがとう」
隆一としては前の家主の時代から引き継いでいるのだから、漠然と庭師は老人で、息子が跡継ぎっぽくそのうち引き継ぐ中年ぐらいで現時点では他の屋敷の庭で主に働いているのだろうと思っていたのだが、ジルジェは40代程度の働き盛りだった。
ファルノはまだ20歳になっていないぐらいの、見習いと言われて納得な年齢の青年と少年の間位な若者だった。
「いえいえ、此方ではあまり手を掛けなくて良いと言う事で植栽の季節ごとの伐採と雑草の処理程度しかしていませんが……何か御用とのことですが、もう少し花を増やしますか?」
ジルジェがにこやかに手を振りながら応じる。
「いや、ザファードが伝えたかも知れないが、ちょっと猫が好きな草が無いか、探していてね。
故郷にあったキャットニップやマタタビと言う草で、猫がそれを見つけるとすりすりと体をすりよせた挙句にちょっと酔っ払ったようにふらふらする草なんだ。
30分ぐらいで元に戻るらしいが」
考えてみたら、酔っぱらった様相を見せた後に30分ぐらいで元に戻ると言うのはマタタビに対する猫の反応の話をテレビで見た際に知った情報だが、キャットニップも似たような反応なのだろう。
多分。
「猫が酔っぱらう草、ですか?」
ジルジェが驚いたように尋ねる。
「ああ、そう言うのを見た事か聞いた事は無いか?
この庭の植栽を調べてみたが、該当するのはないみたいでね」
と言うか、大多数は猫に有毒と言うかなりびっくりな鑑定結果だった。
「野良猫に庭で排泄行為をされないように猫が嫌う草を植えてくれと頼まれることは時折あるのでそう言った草は何種類か知っているのですが……好まれる草と言うのは知りませんねぇ」
ジルジェが困った様に応じる。
なるほど。
マタタビで猫が酔っぱらったようになるのを見て楽しむよりは、庭で排泄行為や発情期の赤子の泣き声のような大声を避けるために、猫が嫌う草を植えたがる人が多いのは十分あり得ることかも知れない。
こちらの世界だったらそれこそ防犯結界を人間でなく猫も排除するタイプに設定すれば猫除けになると思うが、流石にそこまでお金を掛けたがらずに、庭師にそれとなく猫が嫌う草を選んで植えて貰うという選択肢が多いのか。
「あ、でも昔友人の家に遊びに行く途中で見た猫が、なんか草にすりすりすり寄っていたと思ったら寝転がって変な感じにぐだ~となっているのを見たことがありますね」
ふと思い出したようにファルノが言った。
「ほう?
それがどこだったか思い出して、その草を出来れば根っこごとゲットして来てくれないか?
実物があったら鑑定で猫への効果を確認できるし、可能だったらこの庭の一角で育ててみたい」
ファルノに頼む。
漠然とした『友人の家に遊びに行く途中』なんていう記憶では、どこの友人だったか、いつだったか等々を思い出すので苦労するとは思うが。
「頑張ります!」
ファルノが張り切った感じで応じた。
まあ、頑張って貰おう。
「そう言えば、このソルダ樹って花粉を猫が舐めると呼吸困難を起こすらしいんだが……どんな感じの花が咲くのかと、花粉が風に飛ぶタイプなのかを教えてくれないか?」
取り敢えずマタタビ系に関してはファルノの頑張りに任せるとして、ついでに庭にあった木に関して二人に尋ねる。
常緑樹ではないのでスギ花粉のような大量に花粉が風に乗って舞うタイプではないと思うのだが、確認しておきたい。
「これは春に新緑の葉の色が綺麗で人気な樹なんです。
花自体は夏前にちょっと小さいのが咲く程度であまり目立ちませんし、香りが良い訳でもないので態々切って家に持ち込むこともないと思います。
花粉も風で飛ぶほどはないですから、大丈夫だと思いますが……別の種類の木と植え替えますか?」
ジルジェが尋ねる。
「あ~。
春先になんか葉っぱが綺麗だったのがこれか。
いや、あれはあれで春っぽくて良い感じだったから変えなくて良いよ」
特に猫に危険が無いのだったら、態々変える必要はないだろう。
と言うか。
今迄時折花を家の中に生けているのをみたが、これからは一応花を見たら先に鑑定して確認した方が良いのかも知れない。
アルーナ達が来てからそれなりに時間が経っており、特に猫たちが体調を崩したことは無いから有毒な草花を食べる習慣がないのだろうが、時折花瓶の水を舐めているのを見かける。花粉を舐めた程度で呼吸困難になる可能性があるならば気を付けておく方が良いだろう。
……一体自然の野良猫はどうやってこうも有害な植物が多い世界で無事に暮らしているのだろうか?
マジで猫って植物に弱いですよねぇ
なのに植木鉢にちょっかいを出したがるなんて、生存本能はどこに行った?!




