1150.魅惑の素材(3)
「まずはこれで良いか」
庭に出て、何か用があるのかと目を向けてきた警備担当に構わなくて良いと手を振って応じた隆一は、足元に生えている芝生っぽい草を一本引き抜いた。
「鑑定」
『ペンカ芝:定期的に狩り込めばびっちり地面を覆って育つ。寒さに強い』
そう言えば、此方の世界……というよりもヴァサール王国の気候は東京よりも涼しいようなので、寒さに強い植栽が必要なのかも知れない。
屋敷が基本的に魔道具で廊下も含めて常時快適な温度に温められているので特に冬が寒いという印象は無かったが、夏は東京の様なクーラー無しには文字通り死にそうな暑さではない。
(さて、これを食べたらどうなるかの情報が欲しいんだが)
今度は食べることを念頭に詳細鑑定する。
「鑑定」
『BMD308(通称:ペンカ芝)E21:人間には無毒。微細なナトリウム、カリウム、ビタミンDを含む』
一応無毒らしい。
この場合の微細なビタミンDがどの程度なのか、ちょっと興味があるがあまり美味しい訳でもないのだろうから無理に芝生を食べなくても良いだろう。
(さて。
猫が食べたらどうなるか、教えて欲しいんだが)
「鑑定」
アルーナが食べると言うことを強く念頭に置きながらもう一度鑑定する。
『BMD308(通称:ペンカ芝)E21:猫には無毒、ただし胃への物理的な刺激で嘔吐を促すこともあり』
「おっしゃ!」
流石医療特化な錬金術師ギフトだ。
猫が相手でも医療特化な効果を発揮してくれるらしい。
「どうしました?」
先ほど目が合ったシャーズがとうとう気になったのか、寄ってきて尋ねた。
「ちょっと猫用の餌に混ぜられる植物を見つけられないか、鑑定機能を確認していただけだ。
ちなみに、猫が好んで噛む植物とか、猫が近寄って体を摺りつけた後にふらふらと酔っ払いみたいな行動をする植物って見たことは無いか?」
確かマタタビに対して猫は体を摺りつけまくった後、酔っぱらいの様にふらふら動くと何かの番組でやっていた気がする。
「う~ん、あまりここ等辺では外を歩き回っている猫そのものを見かけないですからねぇ。
もしかしたら下町に住んでいたエフゲルトの方が何か見たことがあるかも?
後で他の者にも聞いておきますね」
そうシャーズが答え、警備の見回りに戻った。
確かに下町の方が野良猫が多そうだが、足が悪かったエフゲルトは余りで外を出歩けなかっただろうから野良猫を観察する機会がそうあったとも思えない。
一応聞いてみるが、明日の庭師との会談の方が期待できそうだ。
取り敢えず庭にある植栽を調べようと、今度は『猫に無害で美味な物』を意識しながら片っ端から鑑定をし始めたのだが……。
『BMD129(通称:チャルト草)E21:猫が食すると下痢を引き起こす』
『BMD487(通称:サラクス草)E21:猫が食すると食道や口内が爛れることがある』
『BMD987(通称:アルナジャスミン)A3:猫が樹液に触れると皮膚炎を起こすことがある』
『BMG252(通称ソルダ樹):猫が花粉を舐めると呼吸困難を起こす』
猫にとって無毒な植物が殆どない。
と言うか、このソルダ樹とやらは花粉が危険だと言う話だが、伐採しておくべきだろうか?
明日にでも庭師に猫を飼っている場合にこの木が庭にあっても大丈夫なのか、確認しておこう。
蜂などに受粉してもらうタイプだったら家の中に花を持ち込まなければ大丈夫だろうが、スギ花粉の様に大量に花粉が飛ぶような種類だった場合は服に花粉が付いて家の中に持ち込まれる可能性もある。
まあ、考えてみたらスギ花粉の様に大量に空気に撒かれるタイプの花粉が猫にとって呼吸困難を起こすような毒性を持っていたら、街中の野良猫が死滅していそうだ。今でもヴァサール王国に野良猫が存在することを考えると、風に乗ってまき散らすタイプの花粉で直接的に動物の生死にかかわるタイプの樹木はないのだろう。
とは言え。こうも植物が猫に危険だとすると、安全だと分かっているマタタビの異世界バージョンが見つかったとしても安易にチ〇ールもどきに混ぜるのは危険かも知れない。
うっかり栽培している所で違う種の種が紛れ込んでそちらが猫に有害だったら目も当てられない。
ちょっと庭師にしっかり相談する必要がありそうだと脳裏にメモした隆一だった。
マタタビがあるならそれを庭で育てておき、アルーナ達と遊ぶときにオモチャにそっと擦り付けると良いかも知れない。
考えてみたら百合の花粉ってめっちゃ猫に危険らしいから、あれが野生で生えている様な地域って野良猫が少ないんですかね?




