1144.ヴァーレ迷宮(10)
「本当にコボルトの個体差が目で見て取れるんですね」
自分が取った歯形と、隆一が最初にやって見せた歯形を見比べながらフリオスが感心したように言った。
「しかも、面白い事に王都迷宮に同じ個体が居るっぽい。
多分この階層内でも別の群れに同じ歯形の個体がいるだろうな」
隆一が王都迷宮の歯形のサンプルをリュックから取り出してフリオスが取った歯形の横に並べて見せる。
「これは?」
多少のインクの浮き的な違いはある物の、ほぼ同じ歯形が横に並べられたのを見てフリオスが尋ねた。
「王都迷宮の歯形サンプルの一部だ。
違うのがあるって言うのはここで歯形を取れば一目瞭然だろうが、王都迷宮の個体と同じのがあると言うのは実際に見せた方が興味をそそるかと思って、何枚か持ってきたんだが最初から合致するのがあったのはラッキーだったな」
流石に王都迷宮の個体プロトタイプ全部の歯形を持ってくるのは嵩張るので数枚しか持ってこなかったのに、最初の2枚目で合うとは中々の幸運だ。
誰にとっての幸運かは不明だが。
「迷宮内の魔物が幾つかの個体の複製だと言うのもちょっと驚きですが、それが他の迷宮とも共有されているとは、更に驚きですね」
隆一が持ってきた歯形と自分が造った物を手に取ってしげしげと見比べながらフリオスが言う。
「何か特定の個体だけが持っている部位とか特徴が役に立つなんてことがある場合、リポップに時間が掛かるようだったら他の迷宮で探すという選択肢も出るかもってことだな。
まあ、そこまで個体特有な素材があるとは聞いていないが」
隆一がちょっと笑いながら告げる。
元々、本当に役に立つ具体的な事由があってやっている訳ではなく、隆一の好奇心を満たすための遠出なのだ。
付き合わされる騎士達にはちょっと申し訳ないと思って昨日は穴兎の燻製を大量に提供したのだが、あれもあまりやるなと言われてしまった。
まあ、もしかしたらフリオスや騎士団の方でこの知見を何かに役立てることが出来るかも知れないと期待しておこう。
「よし!
ではもう一度やるから、やり方を覚えて各自やれるようにしっかり見ていろ!」
フリオスが上司らしい厳しい口調で他の騎士達に声を掛けた。
隆一と話す時とは大分と違う。
まあ、隆一とてフリオスは優男風腹黒だとは思っていたが。
◆◆◆◆
「思ったよりも早く終わったな」
3つに分かれた騎士たちのグループから集められた歯形を確認している隆一にデヴリンが声を掛ける。
まだ夕方の5時ぐらいだが、既に階層のコボルトは全て殲滅され、歯形を取るのも完了している。
さっさと出て行っても良いのだが、フリオス曰く階層全部の魔物が殲滅済みでリポップ前の今の状態だったら迷宮内の方が外よりも安全だろうと言う事で歯形の整理を此方でやっている。
階段と転移門の前で見張っている当番以外は他の騎士達もそれぞれ気楽にリラックスして雑談している。
「ああ。
夜通し不幸な騎士たちに歯形取りをさせるなんてことにならなくて、良かったよ」
実質4時間で階層全部のコボルトを倒し、歯形を取るのが完了したのだ。
12人で取り掛かったとは言え、ここまで早く出来るとは思っていなかった。
「ある意味、この階層のコボルトの総数がはっきりしたし、新しい知見が幾つか増えたな。
王都迷宮だとリポップがもっと早いから階層全部が完全に空になるなんてことはほぼ見たことが無かったんだが、なんとも微妙な違和感があるね」
ダルディールが周囲を見回しながら言った。
「確かに?
人間の気配しかしない迷宮って不自然ではあるのかも?
でも、守護者が出るタイプの迷宮だと守護者を倒した後の部屋って魔物が湧かないんだろ?」
最初に探索を始めたことに聞いたことを思い出しながら隆一が言う。
「守護者を倒した後の部屋は倒した探索者が出ていくまでは魔素が地上並みに薄くて、魔物が出ないことに違和感はないんだよ。
ここはそこまで魔素が薄くないから、却って魔物がいつ出て来るかって身構えたくなる感じだな」
デヴリンが説明した。
「なるほどねぇ。
取り敢えず、ここのコボルトに関してだが。王都迷宮と同じタイプが多いが、3体程あちらでは見かけなかった歯形のもいるな。
王都迷宮でもっと繰り返し倒し続けたら出て来るのか、ここ特有の変異体なのか、原因が何かそれこそダンジョンマスターにでも聞きたいところだが……無理なんだろうな。
次のダンジョンマスター討伐が許される時期にまだこの国にいたら、ちょっと質問できないか聞いてみたいところだ」
10年以上先なので覚えているかは微妙なところだが。
『ぎゃ〜〜!
なんでいきなりやって来て虐殺?!』
By コボルト




