1141.ヴァーレ迷宮(7)
後発2組が辿り着いたところで特に後ろから警戒する必要があるような探索者は来ていないと報告を受け、隆一達は下へ降りて行った。
「あれがキャベツか……」
通路の左側一面にそこそこ大きなキャベツが見えている。
右側は薬草のようだ。六階はキャベツと薬草の階層と聞いたが、本当に畑みたいな風景だった。
「ああ。
スパっと根元を上手く切らないと、色が紫になって味が苦くなるんだ。
ゴブリンやその上の方の素材魔物はよく切れる剣なんか必要無いが、ある意味ここのキャベツを狙うならちゃんと切れる刃物が必要になる」
ダルディールの説明に思わず隆一が足を止めて目を丸くした。
「え、すっぱり切らないと噛みついてくるとか叫び声をあげるとかじゃなくって単に苦くなるだけ??」
魔物として何か間違っているのではないだろうか。
「ここはある意味かなり降りるまでは素人なちゃんと戦えない探索者用の迷宮と言っていいんだ。
ゴブリンだって数が少ないから不意打ちさえされないように気をつければ戦わずに避けられるし、弱っちいから数人がかりで対処すれば子供や老人でも十分勝てる。
キャベツにしても、襲ってくることは無い。とは言え、苦いキャベツは買い取り価格が下がるからちゃんとした刃物を持っていなかったらこの階には来ないらしいが」
「と言うか、同じ階で薬草を取れるなら、誰もキャベツを取って行かないんじゃないか?」
どう考えても費用対効果的に、薬草の方が鞄に詰め込める量と買い取り価格を考えるとお勧めだろう。
「だから買取依頼は薬草10本につきキャベツ1個って形になってるぞ」
デヴリンが笑いながら教えてくれた。
なんとも微妙な対応策だ。
まあ、ある意味薬草だって果てしなく必要と言う訳ではないからあまり薬草ばかりもって上がると値崩れするのだろう。
当然の事ながら一行は6階ではキャベツも薬草も採取せずにそのまま7階へ降りた。
7階も6階と似たような見た目だったが、キャベツの代わりにふさふさとした葉が左側に見えていた。
「白芋だ。
こいつらはある程度は走って逃げようとするから、買い取り価格はちょっと上がる。
右側は毒消し草だな。
ここも芋と毒消し草とセットで買い取りすることになっている」
ダルディールの説明に、思わず隆一の口からため息が漏れた。
「なんかこう、マジでロマンが無い迷宮だな」
毒消し草や薬草など、王都から輸送するよりは現地で採れた方が良いだろうものだが、なんかこう……王都迷宮よりも取りやすい様になっていて何も知らない素人でも採取出来そうな形になっている。
「王都迷宮で国の運営に役立つラインアップを揃えた後に、実際に民に潜らせて起きた間違いや誰かが怪我をしたような状況を整理して、そう言うのを極力排除した内容がヴァーレ迷宮なんだそうですよ。
ただまあ、あまりにも安全過ぎて探索者には人気がないそうですね」
フリオスが言った。
なるほど。
王都迷宮の間違い……とまでは言わないが問題だと思われた点を全て対処して安全第一な、老人でも安全に入って利用できるような迷宮にしたら、あまりにも面白く無すぎて利用者が殆どいない場所になったのか。
上3層はそれなりに人が居たが、4層から下ではまだ一人も普通の探索者を見かけていない。
「全然探索者を見かけないが、薬草なり芋なりキャベツなり、誰かがちゃんと採っているのか?」
殆ど人が見当たらないのは迷宮としてある意味問題な気がする。
まあ、上の3層にはそれを補って有り余るぐらい人が居ると言えなくもないが。
「薬草とかは薬師ギルドの見習いとかが必要に応じて取りに来るらしいぞ。
キャベツや芋は上の3層で一日の仕事を終わらした野郎どもが帰りにかーちゃんへ渡すために取って帰ることも多いらしい」
デヴリンが応じる。
なるほど。
仕事帰りにスーパーに寄る代わりに、下に降りて行って食材を取っていくのか。
「一応8階までおりると森狼と風蜘蛛が居るから、それなりに戦う訓練にはなるぞ?
訓練する程戦う探索者はあまりいないが」
デヴリンが言った。
それこそ、日本でいう事の3月ぐらいに学校を卒業して就職を考える時期なんかに探索者の腕を磨いて王都迷宮に挑もうと考える見習い探索者が降りて来る程度なのかも知れない。
どちらにせよ。
過ぎた安全対策はロマンがなさすぎなことがはっきりした。
ロマンを求めない探索者は上三階層で収入は食い扶持は十分稼げるので、ロマンを求める系はちょっと訓練したら王都迷宮に行っちゃうんですね〜




