1139.ヴァーレ迷宮(5)
3階の小柄な達磨もどきアイアンゴーレムを横目に4階へ隆一一行が降りたところ、そこにいたのは中型犬ぐらいのサイズがありそうな一角ウサギだった。
王都迷宮の一角ウサギよりも一回り半ぐらい大きい様に見える。
「あれも肉をゲットするための効率性を追求した結果のサイズなのか?」
のそのそ歩くデカ一角ウサギを歩きながらちらりと見て、二度見した隆一が誰にともなく尋ねた。
「おう。
大きい方が何度も見つけて倒す手間が省けるし、動きが鈍いだろうとって事でああなったという話だ。
ただ実際にはのそのそしているが近づいた最初の一撃はそれなりに鋭いから、慣れない探索者にとっては意外と危険らしいが」
デヴリンが答える。
「あのサイズと動き方で、勢いよく突撃出来るのか?」
まあ、サイやカバだってそれなりに走ると早いという話を聞いたことがあるような気がしないでもないから、デブな生き物だったら動きが遅いとは限らないのだろうが。
「歩くのも走るのも苦手だが、意外と瞬発的なジャンプ力はあるんだよ。
だからじっとしている所に近づいて突撃ジャンプをうっかり胴体に食らうと内臓や心臓をやられて死ぬこともあるんだ」
ダルディールが隆一に教えた。
「へぇぇ。
ジャンプ力があると言う事は、後ろ脚の腱の伸縮性が良いのかな?」
動物(というか魔物だが)の腱がどんなことに使えるのかは知らないが、中々興味深い。
とは言え、王都に住む隆一がヴァーレの迷宮まで来る機会はそうそうないだろうから、興味本位で手を出す研究対象としては向かないだろう。
まだ上の階の木材トレントとか石材や鉄材のゴーレムの方が腐らない分、依頼をだして王都に持ってきてもらうのも現実性がある。
革ならまだしも、腱を持ってこさせるのはちょっと厳しそうだ。
4階には他にも突進豚の亜種がいるらしいのだが、結局それを見かけることなく一行は5階へ降りた。
「流石にゴブリンはあまり変わっていないんだな」
通路の向こうに現れてこちらに駆け寄ってくるゴブリンを見て隆一がコメントした。
今迄のトレントやゴーレムの異色さに比べると、ゴブリンは却って拍子抜けしそうなぐらい普通だった。
「ヴァサール辺境伯は素材として使える魔物以外は特に要求を出さなかったらしいからな」
あっさり斬撃でゴブリンを切り捨てながらデヴリンが答える。
「ゴブリンなんて必要なくないか?」
ある意味、出て来る魔物を絞ったらもっと頻繁に下級エリクサーを出せそうな気がするが。
「ある程度外で倒す必要がある魔物の倒し方を迷宮で学ばせる方が無難ですから。
それに普通の魔物の方が素材重視な魔物よりも魔石が大きくなるので、街の運営に必要な分を確保しやすいんですよ」
フリオスが情報を提供する。
そう言えば、前回隆一が来た際には上の階の素材用魔物を倒す気にもならなかったので一体も倒していないから、あれらの中にどんな魔石があるのかを見ていない。
「魔物って魔石があるから動くんじゃないのか?」
魔石を切り出したら死ぬのだから、あれが心臓のようなものだと隆一としては漠然と認識していたのだが。
まあ、考えてみたら心臓は別についているが、その横にあるので似たような生存に不可欠な役割を果たしていると思っていた。
「ヴァーレ迷宮の上3階層の魔物は殆ど動かないのが売りなんですよ?」
フリオスが指摘する。
「……なるほど。
素材の方が欲しくて、倒すのに苦労しないようにあまり動かない方が良いとなると、魔石は必要最小限のサイズになるのか」
王都迷宮の1、2階の魔物ですら魔石はかなり小さかった。
ヴァーレ迷宮の上3階層の魔物は階層の浅さと魔物の大きさと動きの鈍さとを鑑みると、魔石が砂粒サイズでも不思議ではないのかも知れない。
「流石に取り出しておかないとうっかり素材を切り出す際に小爆発を起こすことがあるから魔石は倒した際に取り出すのが必須だが、基本的にそこら辺の迷宮の床に投げ捨てられるらしいな」
デヴリンが言った。
本来ならば魔石の回収は重要な資金稼ぎ手段な筈だが、どうやらヴァーレ上層3階分の魔石は買い取り価格が微々たるものらしい。
拾って袋に入れて集める価値もない屑魔石……




