1137.ヴァーレ迷宮(3)
「今回は俺の我儘に付き合ってくれてありがとう。
金銭的なボーナスも後でこっそりフリオスから払ってもらうが、此方もがっつり食べて楽しんでくれ」
夕方にヴァーレ街壁から少し離れた森の中に野営してテント諸々を準備した騎士たちに、隆一が箱に大量に詰めてきた穴兎の燻製を差し出した。
レッドブルの燻製も色違いの袋に入れて詰めてある。
「少し火で焙ると更に美味しくなるから、此方の串をそれ用に使ってくれ」
本当はバーベキューグリルを持って来ようかとも思ったのだが、あれがあるとつい本格的に肉を焼きたくなるだろうとザファードに止められた。
街の外でガンガン肉を焼く匂いをさせるのは不味いかもと思ったので隆一もごり押しはせず、ちょっと焙るように串だけ人数分の倍プラスアルファ程度を持って来るのに抑えた。
人間が焼肉の匂いを美味しそうと感じるように野生の動物や魔物が美味しそうと感じるのかは不明だが、そうでなくても外を移動している隊商なり探索者なりの好奇心を刺激するのは避けるべきだろう。
「もしかして、これが全部穴兎の燻製ですか?!」
一つ肉を手に取り、串に刺そうとしたフリオスが匂いを嗅いで隆一に尋ねた。
「おう。
そっちの色違いはレッドブルの燻製だ。そっちも旨いから試してみくれ」
王宮の騎士ともなればそれなりに高給取りな筈だからダルガスの燻製肉を買えると思うが、そこまで知られていなかったら喜ばれるだろうとお礼と差し入れ代わりに持ってきたのだ。
本当ならば今日よりも疲れている明日の方が更に喜ばれるかもと思っていたのだが、20階まで進むのに掛かる時間とそこにいるコボルトの群れの数によっては騎士たちが交代で歯形取りを夜通し続ける可能性があることになったので、全員が揃っている今日のうちに出すことにしたのだ。
明日はアリスナに大量に準備して貰ったフリーズドライのフードを提供する予定だ。
あれはお湯を足して暫く待てば良いだけなので、個々人でタイミングがバラバラになる可能性が高い食事用に丁度いいだろう。
「あまり任務によって特別報酬が出るのは困るのですがね……」
フリオスがちょっと困った顔をしながら穴兎の燻製肉を齧った。
「流石に国防に直接関係ないお遊びに突き合わせるんだから、ボーナスは必要だろう?」
串に刺した燻製肉を炎にかざしながら隆一が指摘する。
「と言うか、騎士の報酬は基本的に固定給と危険手当ですから。
危険が無い任務に報酬を付けていて変な感じに任務をえり好みしたがる人間がでても困りますし。
民を守ると言う理由以外で騎士団の出動を依頼された場合には依頼主が国に派遣報酬を払いますが、騎士個人達には余程酷い任務出ない限り個別手当はありません」
フリオスが答える。
「そうは言っても、気持ちよく働いてもらうためにはちょっと袖の下と言うか潤滑油と言うか、金を払うもんじゃないのか?」
騎士団に払うにしても、個人的に嫌々働かれるのはストレスになる。
それに隆一は国に金を払っていないし。
「危険手当の他に出張手当もあるので本来は必要ないのですよ。
だから小遣い程度な心づけ以外は騎士団全体への寄付といい形にして、山分け的に予算の足りない道具や装備に使うことが多いですね」
フリオスが説明する。
「前回マッピングであちこち回った時には特に気にしてなかったのに、今回はなんでそんなに気にしているんだ?」
デヴリンが燻製肉を齧りながら尋ねた。
「魔物の歯形取りなんて、騎士にやらせる作業じゃないだろう?
マッピングはそれなりに国防に関連しないでもない作業だし、飛んで野営して周囲の警戒って程度だったらそれ程通常の任務から違いはなさそうだ」
穴兎の燻製肉が大量に入手できるようになったというのも大きいが。
「まあ、それをちゃんと皆に周知しておこう。
確かに騎士にやらせる作業としては微妙だから手抜きしそうな奴らもいるし、穴兎の燻製の代償だと思えば皆も真面目にやるだろう」
デヴリンが苦笑しながら言った。
「ならば全員に不公平なく作業が回るよう、人員の交替に関してちゃんと考えた方が良さげですね」
フリオスがにっこり笑いながら応じた。
「任せる」
誰かが苦情を零していたのだろうか?
隆一の誘拐を防ぐのも立派な国防w




