1122.実戦っぽく(47)
「各地の迷宮に回りたいとのことですが……本当にコボルトの歯形を取る為に行くのですか?」
デヴリンを通して伝えておいたコボルト歯形集め旅行に関しての正式な話し合いをする為に騎士団に来た隆一を迎えたのは、フリオスとイルベルトだった。
イルベルトは発明品諸々の情報管理担当なのでコボルトの歯形関連はあまり関係ない筈なのだが、一応情報共有(ついでに何かあった時のカバー要員)として巻き込まれたらしい。
「気分転換も兼ねてだけどね。
故郷では年に数回は出張や旅行で他国まで出かけたり、国内でもちょっとした僻地の療養地みたいなところで温泉を楽しんだりスキーを楽しんだりといったレジャーを楽しんでいたんだ。
やはりずっと同じ都市にこもっているとちょっと鬱々としてしまって」
にっこりと笑いながら隆一が応じる。
現実的な話として、旅行だったら煌姫の方が遥かに多く行った筈だが、出張だったら隆一もそれなりに出かけたし、出張先で妹の為に写真を撮ったりお土産を選ぶのも隆一の楽しみの一つだったのは事実だ。
……考えてみたら、煌姫が王都から出られなくて文句を言っていないのはちょっと意外だ。
隆一よりも更に戦闘能力が無い上に、女性と言う『結婚したという名目で拘束すれば良い』と考えられやすい立場なことを鑑みると、迂闊に出歩くのは危険度が高い事を認識して自制しているのかも知れない。
まあ、単に装飾師としての修行が楽しすぎて特に旅行へ行きたいという思いが生じてないだけかも知れないが。
下手に聞いて苦情をぶつけられても困るので、藪は突かないで置くことにしている隆一だった。
「他国まで娯楽として毎年移動ですか……」
フリオスが微妙な顔で相槌を打った。
「あちらではそれこそ以前見せて貰った飛行船クラスの旅客機が各国に何百機とあって、毎日2、3機ぐらいは主要な同盟国へ飛行機が飛んでいて半日もあれば遠方の国へ行けたからね。
此方に来る直近はちょっと世界状況が物騒になってきていたが、その前はスラムとかにうっかり踏み込まない限り危険性は然程なかったし。
旅行と言うのは中流階級の人間でも気軽に楽しめるレジャーだったんだよ」
近年は空港でのテロや、北の大国が仕掛けた戦争のせいでうっかりヨーロッパ方面に飛ぶと迎撃ミサイルで誤射される可能性も出てきたので旅行は行くとしてもアメリカ方面に限られていたが。
「飛行船はまだしも、中型な飛行具が普及する様になったらそんな感じに気軽に他国へ出たがる王族や貴族が出てくる訳ですか……」
ちょっとげっそりした顔でフリオスが言った。
「俺たちの故郷と違ってこっちの世界では戦争が現実的な可能性として存在するからね。
うっかり他国に遊びに行って戦争の口実にする為に暗殺されたり、人質目的に誘拐されたりする可能性が高いんだったら商人はまだしも貴族や王族の旅行は流行らないかも?」
北の大国が元属国扱いだった隣国に攻め込むまで、先進国同士の戦争は世界の破滅と同義だと思っていた人間が多かったから、戦争はまず起きないと信じていた者が殆どだったのではと言う気はする。
だからこそ、犯罪組織に対してはそれなりに警戒しても、それ以外に関してはかなり無防備に旅行に出られたのだと思う。
こちらへの召喚直前にはちょっとした侵略戦争程度だったら核戦争が即勃発する訳ではないと思われるようになったので、逆にいつ戦争が起きても不思議はないかも知れない状況になっていたが。
また、大陸の隣国では慣例を覆して三期目に入った国家主席が権力の掌握と自国防衛(?)の為に適当な理由を付けてスパイ容疑で外国人を含めて国内にいる人間を頻繁に拘束するようになってきて、あちらも旅行で行くには適さなくなっていた。
隆一も何やら怪しげな製薬業界の国際会議とやらに招かれたが、大手協業会社の現地管理職だった日本人がスパイ容疑で拘束された直後だったので、適当な理由を付けて出席を断った記憶がある。
まあ、それはさておき。
「前回のマッピングの時と同じ感じで、こっそり街の外に着陸して、外で野営した後朝から迷宮に入って1日狩りまくり、夜にもう一晩野営して帰る程度だったらあまり危険はないと思うんだが。
何だったら2日目の野営はちょっと場所を移して迷宮に入った都市から離れてもいいし」
流石に王都以外の迷宮ではその階層のコボルトを全部倒さなくても構わない。
3つぐらい群れを倒して歯形を取れれば、原型が同じかどうかは大体推測できるだろう。
「……全国の迷宮のマップを全部集めておけば、素早く目的の階層まで潜れるし、どこに行くかを推測するのは難しいですかね」
小さくため息を吐きながらフリオスが応じる。
「おう!
と言うか、別に俺の名前で入手しなくても、適当に人をやって入手すればいいだろう?
飛行具の飛行訓練的に人をやっても良いんだし」
ファックスモドキで入手したマップを送らせるという手もあるが、ファックスモドキでの図形送信の精度はまだ微妙なので人間に実際に持って帰って来させる方が良いだろう。
「分かりました。
人をやってマップを入手するとともに、野営候補地を幾つか見繕わせておきましょう。
あとは、範囲魔術の練習でしたっけ?」
フリオスが手元のメモを見ながら尋ねる。
「ああ。
どうしても効力が上がらないんでね。
何かコツがあるなら教えて貰えたら嬉しい」
あまり使う機会は無いとは思うが。
最近は世の中不穏になりましたよねぇ




