1121.実戦っぽく(46)
「ちなみに、リュウイチは範囲魔術は学ばないのか?
単体魔術をそれなりに連発できるんだから、範囲魔術も習得可能だと思うが」
デヴリンと二人で歯形をしこしこと取っている隆一に周囲を警戒しているダルディールがふと尋ねた。
「範囲魔術をちゃんとした強度で放つ為には、一気に大量の魔力を放出できなきゃ駄目なんだ。
俺の場合は大元の魔力量はそれなりに大きくなってきたが、魔術にする為に魔力を放出する口がそれ程大きくないせいで、範囲魔術を使ってもちゃんとした強度にならないから効果はあまり出なくてね。
それこそ火事の時に水を撒く程度な使い方ならそれなりに役に立つかもしれないが」
隆一が取り終わった歯形にホブゴブリンの襲ってきた順番を書き記しながら答える。
最初に神殿で習った時は魔術その物に慣れていなかったこともあって、水の範囲魔法が霧雨みたいなショボいものになったものだ。
迷宮探索を続け、それなりに攻撃魔術も慣れてきたので魔力を練ればもう少し何とかなるかもと庭や探索者ギルドの鍛錬所で定期的に試しているのだが、霧雨がちょっと強い目の雨になった程度で、本当に鎮火程度にしか役に立たない威力しか未だに出せない。
「あ~。
そう言えば、ギフトが魔術師系じゃないと、範囲魔術は難しいって話だよな。
魔力が多いギフトや体質の人間はそれなりに居るが、範囲魔術をしっかり使えるか否かが騎士団で魔術師としてやっていけるかの分かれ目だって聞くし」
デヴリンが言った。
「探索者ではそう言う情報は無いのか?」
ダルディールが錬金術師である隆一に範囲魔術の使用を勧める……というか使わないことに関して聞いてきたのだから、探索者としての常識ではないようだが。
「探索者は乱戦になることが多いからな。
仲間を巻き込みかねない範囲魔術は探索中にはほぼ使えないし……範囲魔術が使えるほどの才能があったら騎士団に入る方が安定して収入が手に入るからな。
探索者で範囲魔術を使う奴はごく一握りだけだ」
デヴリンが答えた。
なる程。
ラノベなんかでは異世界に転移や転生した人間にとって探索者や冒険者になることの方が誰かに仕えねばならない騎士よりも人気がある傾向が強いが、現実の世界だったら収入が安定していて怪我をした際の生活保障がしっかりしている上、社会的信頼度も高い騎士の方が断然探索者よりも人気が高そうだ。
まあ、それでも宮仕えが嫌な人間や、自分ならば未攻略迷宮を攻略して一攫千金出来る!と思っている人間もいるのだろうが。
よっぽど状況判断力が優れていない限り、範囲魔術を使うとうっかり仲間を巻き込んでパーティ壊滅か、パーティ追放と言う流れになるのだろう。
隆一レベルの魔術ですら、デヴリンに当ててしまったらかなり不味いことになると言われているのだ。
もっと凄い魔術を危険な迷宮の中で仲間を巻き込む形で放ったら、危険度は青天井だ。
「まあ、それこそいつか火事の時に鎮火の手伝いをする必要が生じるかも知れないから範囲魔術の腕も上げようと今でも定期的に鍛錬しているが、あまり効果が上がっている様子は無いな。
それに26階の魔物相手に効果があるような範囲魔術を俺が放ってデヴリンを巻き込んだら、マジで不味いだろう」
単体魔術だったらうっかりデヴリンの背中に向けて放ってしまっても避けてくれそうだが、範囲魔術だとそうもいかない可能性が高そうだ。
と言うか、後ろからやられても避けられる程度の範囲魔術だったら、最下層の魔物だって避けてしまいそうだし。
「リュウイチを態々火事の現場に呼び出すことは無いだろうからそれ程鎮火の腕を上げる必要はないと思うし、隆一邸の区画は大きな庭が各屋敷の間にあるからどこかで火事が起きても火が周囲に燃え広がると言うことは無いと思うが、なんであれ鍛錬はやって損は無いから頑張ってくれ。
何だったらフリオスに一度コツを教えて貰うか?」
デヴリンが歯形を取り終えたホブゴブリンの死骸から魔石を抜き取り、次の死骸へ向かいながら言った。
「う~ん、確かに最初にちょっとやり方を教わった後は自己流の鍛錬だったからな。
今度騎士団に行く時にでも、フリオス氏にちょっと見て貰うのも良いかも知れないな」
隆一が頷いた。
魔力の最大瞬間放出量が足りないと言う話は教師役だったら魔術師から聞いていたから己の範囲魔術がショボいのはしょうがないと思ってあまり疑問を抱いていなかった隆一だが、もう少し威力が上がるコツがあるのだったらそれはそれで何かの役に立つ可能性はある。
……13階のホブゴブリンを殺しまくる前に、一度フリオスに会いに行ってコツを教わったら、足止め用魔道具の節約になるかも?
まあ、自作の魔道具なんで足止め用魔道具をそこまでケチる必要はないんですけどね。




