1114.実戦っぽく(40)
「時間短縮したいから、歯形を取るのを手伝ってくれないか?」
良い感じにコボルトを倒し切った隆一は筆とインクを3人分取り出して、デヴリンとダルディールに声を掛けた。
「歯形??
こないだ言っていた個体差の確認用のか?」
デヴリンが尋ねる。
「そう。
歯にこんな感じにインクを塗りたくって、この紙を口の中につっこんで顎を閉めさせると、歯形がとれる」
足元の止めを刺したばかりのコボルトの口をかっぴらき、歯に筆でインクを塗りたくった後に適当なサイズに切ってきた紙を口の中にそっと入れて歯で噛ませる。
紙を取り出して広げると、しっかりと歯形が残っていた。
コボルトは雑食だと聞いていたが、人間よりも奥歯が少ない様だ。
代りに犬歯が大きい。
インクを塗る前にざっと見たところ、意外と歯が綺麗に白く、虫歯は無かった。
まあ、迷宮の魔物は人間を襲い、その際に噛みつくことはあっても実際に食糧として食べている訳ではないようなので歯が汚れることも余りないのだろう。
自然の魔物の歯が虫歯や歯石だらけなのか、興味があるところだが。
と言うか、歯医者が居ないとなるとこちらの世界の住民の歯の歯石はどうなっているのだろうか?
クリーンの術で口の中の歯石も取れたりするのだろうか?
迷宮に数日間潜っていた探索者の不潔さを考えると、いくら探索中は魔力の節約の為にクリーンの術を掛けまくるのは差し控えるとは言え、クリーンの術の万能性には微妙に疑いを感じる。
それはさておき。
隆一個人としては考えてみたらこれからは定期的に『歯石を除去する』と言う事を意識しながら口にクリーンの術を掛けるべきかもしれない。
歯医者でもないので鏡で自分の口の中を見ても歯石が付いているのか否か、イマイチ分らないが。
まあ、歯石が付こうが回復術で歯周病も治せるので、極端に問題はないと言えば無い。
「一応この区画には暫くリポップしないから魔物から襲われる危険はないが、人間はいつでも忍び寄れる。
俺が魔石を取りながらその歯形取りに協力するから、ダルディールはそのまま警戒していてくれ」
筆とインクと紙を隆一から受け取りながらデヴリンが言った。
確かに、変な行動をしていたら寄って来る人間は居そうだ。
単に好奇心を感じた探索者の可能性は高いが、無防備な姿を見せないに越したことは無いだろう。
「頼む身で悪いが、丁寧に頼む。
また明日にでもリポップした此奴らの歯形を取って、違いがあるかを確認したいんだがインクの塗り具合が雑だったから生じた違いか、本当に歯の生え方が違うのか、判断が付かないような歯形では更にもう一巡やり直す羽目になるんだ」
どんなインクが良いかを確認する為に何度も歯形を取りまくったから隆一はそれなりに慣れてきたが、最初はそれなりにインクがちゃんと付いていなくて歯形その物がしっかり取れなかったのだ。
ここで適当にやってやり直しになったら面倒すぎる。
「おう、了解。
・・・ちなみにこれってホブゴブリンでもやるのか?」
デヴリンがちょっと微妙な顔をしつつ尋ねた。
「ああ。
ついでにバターブルでも倒さなかった個体と倒した個体とでも歯形を確かめたいところだが・・・考えてみたら、倒さなかった個体に関しては口の中に手を突っ込んだりしたら危険か」
インクが美味しいとも思えないし、噛みつかれて痛い思いをしそうだ。
「生きた魔物の口の中に攻撃を加えるというのならまだしも、インクを塗りたくって紙を突っ込むなんて言う事は絶対に止めてくれ」
ダルディールが嫌そうに頼む。
「おう。
でもまあ、一通りテストしたら探索者ギルドにもレポートの写しを渡すよ。
何かの参考になるかも知れないだろ?」
同じ個体がリポップするのか、全く別な個体が出て来るのかは特殊個体の素材を求める場合なんかに重要な情報だろう。
なんだったら同じテストを他の迷宮、特にペルワッツでも行って迷宮ごとのリポップ後の個体差に関して確認が取れたら興味深そうだ。
攻略前と後で、リポップ個体に関して違いが出て来るかも知っておきたい。
・・・そう考えると、ペルワッツに関しては自分でもう一度探索に行って上層で良いから試してみるべきかも知れない。
まあ、護衛とかの手間を考えるとデヴリンがちゃんと歯形が取れるようだったら彼に頼む方が周囲に喜ばれそうだが。
迷宮ごとにリポップ個体の差異が分かったら面白そう・・・
そこまで調べる暇人は少なそうだけど




