1113.実戦っぽく(39)
「・・・何をやっているんですか?」
実験室で隆一が石膏を適当に捏ねて歯型っぽい形にしているのを見て、エフゲルトが尋ねてきた。
「ああ、迷宮内の魔物が同じ個体かどうか、ちょっと気になったんでね。
コボルトとホブゴブリンの群れの個体の歯形を取って、個々で違うかとかリポップした群れの個体と共通性があるのかとかを確認しようと思って。
その為に明日にでも紙とインクを持って行く予定なんだが、歯形を取るのに程よい粘度のインクを確かめるのに歯型の模型を使おうと思って」
最初は自分の歯型を実際に作っておくのも悪くないかもとも思ったのだが、石膏その物を口に入れて乾くまで待つのは危険そうだし不味そうな気がしたが、石膏では無い歯型の材料が分からなかったので適当にでっち上げの模型を作ることにしたのだ。
「・・・そう言えば、こっちの国って歯医者っているのか?
それとも虫歯になったら回復薬とか回復師を使うのか?」
ふと気になって尋ねる。
骨折を治せるし、粉砕骨折してかけてしまった程度の骨だったら補えるのが回復術だ。
虫歯も治せる筈だし、手遅れになって抜けてしまった歯も再生できるのではないだろうか。
「歯も神殿の回復師ですかねぇ。
折れても歯の欠片を持って行くとくっつけてくれると聞きました」
エフゲルトが答えた。
なんと。
折れた歯を元に戻せるのか。
まあ、考えてみたら折れた骨を元にその場で付け治せるのだ。
歯だって同じことが出来ても不思議はない。
小さいだけあって、ある意味別の人間や動物の歯を素材にして抜けた歯の部分を修復することだって可能かも知れない。
変なん拒否反応が出る可能性はあるから、自分の折れた歯を持って行くのが一番無難だろうが。
そう考えると虫歯で歯が徐々に溶けていく方が不味そうだ。さっさと歯が痛くなったら神殿に行くべきなのだろう。
と言うか、こっちだったら歯を削ったり抜いたりと言った痛い思いをしなくて済むのだから、痛いのを無理に我慢して歯医者に行くのを遅らせて被害を拡大する歯医者嫌いな患者はいないかも知れない。
だが、そうなるとますます歯型を作るという慣習は無く、それ用の口の中に入れて固めて型を取るという道具も無さそうだ。
取り敢えず、歯形取り用のインクのテストは適当にでっち上げたのこの模型で済ませれば良いだろう。
◆◆◆◆
「そう言えば、こっちって死体が見つかった時なんかにそれが誰かを判明させるのに何を使うんだ?
俺の故郷では歯医者に行っていて歯の形や歯並びの記録が残っていたらそれを使うことが多いんだが、こっちって歯型を取るという習慣がないんだろ?」
インクを一通り試して一番良いのを取り敢えず確定した隆一は、エフゲルトに実験室の掃除を任せて書斎の方へザファード達に気になった質問をしに行った。
「歯型?ですか?
歯の医者が歯の型を取ってその記録を残すなんていう習慣は無いので、それで遺体の判別をしたりと言う事はありませんが・・・歯の型というのは個々人で違うんですか。
生きている場合は魔力登録がされているような人物だったらそちらを使いますね。亡くなって直ぐでない限り魔力が離散してしまうので、白骨化しても判別できる歯型と言うのは良いかも知れません。
・・・死んだ後に白骨化するまで死体を見つけられなかった場合の為に歯型を作っておこうと考える人間がどれだけいるかは微妙な気もしますが」
ザファードがちょっと興味を引かれたように言った。
「まあ、歯の治療をあっさり回復師が出来てしまうんだったら態々歯の型を取って入れ歯を作る需要は無いだろうな。
と言うか、入れ歯ってこっちの世界でもあるのか?」
折った歯や虫歯を治せるなら歯周病も治せそうだし、そうなると歯が抜けて入れ歯が必要になる状況と言うのは余りなさそうだが。
それこそ拷問にでもあって歯を全部意図的に抜かれるなんて事でもない限り。
「あ~・・・。
一応、特殊な事故に遭ったりして歯を大量に失くした場合に義肢職人に頼んで作って貰うという事はあるようですね」
ダーシュが教えてくれた。
「ふむ。
ちなみに、こっちで親子鑑定の魔術とか魔道具ってあるのか?
貴族とか豪商とかだったら託卵疑惑はかなり致命的だと思うが」
まあ、一般家庭だって妻が浮気していた場合に自分の子かどうかを知りたがるのは人情というものだろう。
「神殿で確認できる神具があります」
ザファードが答えた。
「それは凄い」
どうやって調べるのか、是非とも構造を知りたいところだが・・・神の奇跡だったら魔術や魔道具で真似は出来ないのかも知れない。
考えてみたら、最初にこちらの世界に召喚された際にスキルとギフトを確認する為に触れた水晶のような神具だって、どう機能しているのか全く不明だった。
取り敢えず。
神具では借りて迷宮で魔物のDNA鑑定に使うのは無理そうだ。
「すいませ〜ん、親子鑑定の神具を魔物に使いたいんで、借りても良いですか〜?」
「・・・(幾ら招かれ人のお願いでも!)ダメです!!!!」




