1109.実戦っぽく(35)
「で?
その肉の丸焼きっていうのはこの箱を使ってやるのか?」
8階の程よく人目も人通りも無い場所を見つけてリヤカーからバーベキューグリルを出した隆一にデヴリンが尋ねた。
「ああ。
実際に大きな肉の塊を丸焼きにするのは時間が掛かるだろ?
俺のやりたいバーベキューというのは屋外で炭火を使ってカットした肉や野菜を焼いてみんなでガヤガヤ気軽に楽しみながら食べる感じなんだ」
バーベキューグリルの足を組み立てて地面に置きながら隆一が説明する。
「外でがやがや楽しくねぇ。
外で焼き過ぎや生焼けな肉を食べるのが楽しいのか??」
デヴリンが不思議そうに尋ねる。
「・・・俺の故郷では既に外に危険が余りなくなってからそこそこ長かったからな。
普段はお行儀よく家のキッチンで作った料理を食卓で食べるだけなんだが、ちょっと雰囲気が違ったらそれが楽しいんじゃないか?
開放感があるって言うのはそれなりに良いし」
と言うか、考えてみたら日本だって今でも山に行ったら熊が出るらしいし、最近では里山管理がちゃんとできていないせいで街にまで熊が出てきて問題になっているというニュースも時折見る。
そう考えると『危険が無くなって』という言い方はちょっと語弊がある気もしないでもない。
ただまあ、サラリーマン的な暮らしをする人間が圧倒的に増えたから、外に出る時間が少ないのでそれを楽しむ感じなのかもと言う気はする。
キャンプに行くよりも手ごろにちょっと外を楽しむのに、バーベキューは社交的(もしくは家族の)イベントとしてお手頃なのではないだろうか?
「・・・まあ、リュウイチの家の中に近所の隣人を招くよりは、庭で肉を食べながら雑談を楽しむ方がセキュリティ的には良いか。
トイレを借りると言って家の中に人を入れないようにするんだな」
ダルディールがヴェルタンに注意した。
「ええ。
元々、使用人用の離れがありますから、そこの1階にあるトイレを開放します」
ヴェルタンが応じる。
「そうなのか?
1階のあれって庭に居る時なんかにトイレに行きたくなった用だからかなりそっけない作りだったと思うが」
どうせ個々人の部屋にもトイレとシャワーは付いているのだ。
1階の共用トイレはおざなりな造りだった筈。
「立派なトイレに行きたければ、数十メートル歩けば皆さま自宅に帰れるんです。
リュウイチ殿が今度の集まりでどなたかと気が合って家に改めて招待するならまだしも、最初に会うタイミングで家の中まで招き入れる必要は無いでしょう」
ヴェルタンが言った。
それなりに他国に洩れては不味い技術の開発もしている隆一なので、家の中に招く人間のセレクションには注意している。近所の人間だからと安易に家の中へ招き入れない方が良いというのは確かに妥当な考え方ではある。
バーベキューでトイレのランクに関して文句を言うような隣人だったらそれ程親しく付き合いをしなくても良いだろうと思うことにした隆一だった。
そっけないとは言ってもちゃんと水洗の掃除も行き届いたトイレなのだ。
文句を言われる謂れは無いだろう。
「まあ、それはさておき。
適当に炭を積んで火をつけて、熱くなってきたらこの網の上に肉や野菜を乗せて焼くんだ」
確か最初の火付けが一番大変だった筈。
何度か友人のバーベキューに招かれたことがあるが、手慣れたアメリカ人の同僚の時はまだしも、あまり慣れていない日本人に呼ばれた時は炭がちゃんと燃え始めるまでにかなり時間が掛かり、あれが真夏だったら肉が腐っていたのではないかと密かに思ったのを覚えている。
それもあって今回はちゃんと肉を小分けして真空パックした上で冷却の術を掛けてあるリヤカーに入れてきたのだ。
「ちゃんと空気が通るように炭を配置しないとダメだぞ?
・・・その炭に火をつけたいんだよな?」
隆一の作業を見ていたデヴリンが心配そうに口を出してきた。
「・・・いざとなれば、弱目の火球で焙れば炭が一気に発火しないか?」
規則正しく並べた炭を見ながら隆一が尋ねる。
「いや、炭に火球を叩きつけたら爆発するか、一瞬炎が燃え上がって消えるかどっちかだろ。
隣のに寄りかからせるようにして立てて空気の通る道を作るんだ」
器用に火ばさみで炭を動かしながらデヴリンが説明する。
どうやら野営での技術がバーベキューにも活用できるらしい。
・・・と言うか、基本的に護衛なしに王都から出ない隆一ではあるが、いつか誘拐されて逃げ出した際に、山や森の中で野営する羽目になった時のことを考えたら隆一ももう少し自力で火を焚いて食材を捌き、食べる練習をした方が良いかも知れない。
まあ、天罰を恐れない野獣や魔物に襲われるリスクがあるので迂闊に逃げて街の外に出るよりは、人間の居住地域の何処かに隠れた方が命の安全は確保できそうな気もするが。
ちょっとそこら辺はそのうちデヴリンなりフリオスなりと最悪ケースでの被救助人員にどう動いたら望ましいのか相談しておくと良いかも知れない。
まあ、自力で逃げるよりも誘拐犯が諦めて解放するように報復用の菌を開発したんですけどね。
途中で逃げられそうな状況になった時に逃げるべきか、悩ましいですね




