カレー祭りと不穏な影
小人たちが、ここまでカレー粉を喜んでくれるとは思ってもみなかった。
以前、来たことがあるトルーサ山の村はずれの広場が、まるでカレー祭りの様相をみせている。
炊き出しがあちこちで行われていて、カレーライス、カレーうどん、カレーラーメンにカレー蕎麦と、ありとあらゆるカレー料理が、村中の人たちに振舞われていた。
それにオヤツにでもするのだろうか、カレーパンまでがジュージューと音を立てて揚げられている。
みんな嬉々としてカレー味がする食べ物をほおばっている。
口に入れるたびに思わず笑顔になっている子どもたちを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
珠美は小人たちの邪魔にならないように広場の端っこに座り、重人が持ってきてくれたカレーうどんの三杯目を食べ終わったところだ。
うどんといっても、珠美にとってはソーメンよりも細い麺に感じる。
「珠美は食べるのが早すぎるよ~、俺も腹が減ってるんだけど」
重人は珠美が返した空の丼を持って、不平をこぼした。
「私の世話はもういいから、重人も食べてきなさいよ。私はこれから山の下草を刈りに行って、その後で温泉に入って帰る予定なの」
「そっか、じゃあ俺も食ってくるよ。トルーサ茶の販売を、またよろしくな!」
「オッケー、任せといて。村長さんも忙しそうだから、よろしく言っといてね」
「ああ、気を付けて帰れよ」
よっこいしょと立ち上がった珠美は、こちらを見上げている小人族の人たちに手を振って、この場所を後にした。
「珠美、村長さんの奥さんに頼まれた物を、今度、来る時に忘れないようにしなきゃいけないね」
「うん、わかってる」
ペロルにも念を押されたが、小人族はトルーサ茶の売り上げを、カード支払いではなく現物支給でもらっていたそうだ。
だよね、カードで支払われても買い物に行きようがないし。小人がカードを持って歩くにしても、力持ちの大人が何人も必要だろう。
今度は、山では手に入りにくい、調味料、糸や布、貴金属、紙やガラスなどを、町で購入して持ってくることになっている。
魔法の『ウインドカッター』を連発し、邪魔な下草を一気に刈った珠美は、前回、自分で作った温泉にゆったりとつかり、山仕事の疲れをとった。
そして再び船に乗り、ハーフェンの港町へ魚を仕入れに向かった。
だがそこで、こんなことになるとは思ってもみなかった。
困ったな……
「まだ後をつけてきてるよ」
ペロルが道の角から卸問屋がある方を見て、珠美に報告してくれた。
「やっぱりあれって、問屋のおじさんが言ってた人たちだよね」
「うん、そう思う。どうする? どっかに隠れることにする?」
「うーん」
魚を仕入れに行ったハーフェンの卸問屋で、さっきおかしなことを聞かれた。
「奥さんは魚屋のトランスの知り合いなのかい? それとも行商人のウノス?」
「トランスさんですけど、それが何か?」
「いや、この間、奥さんが魚を仕入れに来た後で、犬を連れた女を見なかったかと知らない男に聞かれたんすよ。あの時は注意して見ていなかったからわからなかったんですが、今日は、ほら、そこに犬を連れてるでしょ?」
もしかしたら、セレナを捕まえていたガマナ王国の追っ手が、ここまで探しに来ていたんだろうか?
「ロッシさん、その知らない男ってどんな人でした?」
「一人は外国語訛りがあったな。そいつは背が高くて品のいい服を着てやした。でももう一人は町のごろつきだろうな。目つきの悪い嫌な感じがする奴でしたよ」
「……そうですか」
「奥さん、なんか変な関りでもあるんなら、今度は犬を連れずに来た方がいいですぜ。そのワンコロは目立ちますからねぇ」
「ありがとう、今度来る時はそうします」
そうロッシに約束したのだが、彼の忠告は一足遅かったようだ。
卸問屋を出てから、いかつい男が二人、後をつけてきている。ペロルが振り返って見たところによると、セレンを追いかけていた男たちに似ているらしい。
どうしよう。
うーん、魔法で切り抜けるしかないわね。
何が使えるかしら?……攻撃魔法だと、こっちが捕まりそうだし、あ、そういえば『飛行』があるじゃない!
「ペロル、次の通りを曲がったら抱っこするわよ。『飛行』で一気に引き離そう」
「うへっ、僕も重たくなってるよ、大丈夫?」
「『身体強化』するから大丈夫よ。任せなさい!」
珠美はペロルを抱きしめて、空へと飛び上がった。
二人で飛ぶことに慣れていなかったので、通りの屋根の高さまで浮かび上がる間はちょっとフラフラしたけれど、コツをつかむとグングン高度を上げていった。
下を眺めていたペロルがニヤリと笑って報告してくれる。
「ククッ、あいつらの呆気にとられたバカ顔。痛快だねー」
「もう追ってきてない?」
「うん、諦めたみたいだよ。まさか空に逃げられるとは思ってなかったんじゃない?」
やれやれ、よかった。
念のために一旦、山の方へ向かって飛んで行き、山際で高度を下げると川沿いを低く飛んで、船のところまで戻ってきた。
船に降り立った時には、珠美もさすがにくたびれていた。
今日はハードな一日だったわ。
これからハーフェンの港町に来るためには、対策が必要なようだ。
珠美は今後のことを考えて、頭を悩ませ始めた。




