満足
夕方、珠美が疲れた身体で閉店の手伝いをしていると、並木道の木の上から小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
集団で姦しく鳴きかわしながら、今夜の宿を探しているようだ。
表と裏の扉の外を箒で掃き終わった珠美は、駐車場にある物置小屋に掃除道具をしまいに行った。
すると向こうからカインが犬を連れてやって来た。
「やぁ、珠美さん! 今日は手伝いに来てたの?」
仕事終わりの時間なのに、なんとも爽やかな男だな。
やっぱ、イケメン補正が効いてるのかも。
「はい、忙しそうだったので、なんか流れで手伝うことになっちゃいました」
「へぇー、ということはそこそこお客さんが来たんだね」
「そこそこどころではありませんよっ。ものすごーーくたくさんのお客さんでした。カインさんはポコットへ来られたんですか?」
「うん、これから親父たちもここに来て、開店祝いのミニパーティをするっていうから、夕食代を浮かそうと思ってたかりに来たんだよ」
カインは口では悪ぶってそんな風に言っていたが、手にシャンパンのビンを持っていたので、純粋にお祝いを言いに来たんだろう。
「そういえば今日は町長さんに繋ぎを付けてもらおうと思って、エルフの友達とカインさんの家へ行ったんですよ。留守でしたけど、お仕事だったんでしょ? カインさんの仕事場はどちらなんですか?」
「ああ、僕は中央通りの魔電子機器メーカーに勤めてるんだ。シエプナっていう会社で、ええっと、商店街の入り口の向かいに建っているクリーム色をしたビルに入ってる」
「へえー、魔電子機器?」
「そう、店に置いてある魔電動冷蔵庫なんかは魔電気機器で、僕の会社で扱っているのは念話器やカード精算機なんかの魔電子機器なんだ」
「ああ、よくわかりました。私もお金が貯まったら、カード精算機が欲しいな」
「ぜひよろしくお願いします、お客様。ちょっとこれを持っていってて。家からパンフレットを持ってくるよ!」
カインはよく冷えたシャンパンのビンを珠美に押し付けると、自分の家に走って帰っていった。
後から聞いたのだが、カインは機械設計や製作をしている技術屋なんだそうだ。でも田舎の会社なので、全社員が営業もしているらしい。
後に残された珠美と犬は、顔を見合わせてしまった。
「あの、あなたの名前はミラーマなんでしょ? うちのペロルを知ってるかしら?」
ミラーマの顔には疑問符が浮かんでいたが、店の中からペロルが出て来たのを見てビクリと震えると、そちらにグッと首を伸ばした。
「珠美~、掃除が終わったんなら早く……えっ?! ミラーマ……」
うわぁ。
犬が真っ赤になるっていう現象を初めて見たかも。
二人、いや二匹の犬は、お互いにそろそろと近寄り、クンクンと互いの匂いを嗅ぐと、照れくさそうに首筋を交差させながらピンク色の世界の中に没入していった。
あー、見てらんないわ、これ。
珠美はシャンパンの温度が上がらないうちに、犬たちを置いて店の中に入っていった。
リザンの町長であるキリトさんは、セレンの話を聞いて即座に対応することを確約してくれた。
「しかし中央が動かなかったか……ダニエラ、どう思う?」
ダニエラと呼ばれた初老の女性は、以前、珠美が定期馬車で会った人だ。この女性が、西部地方の局長夫人だということをさっき聞かされて、セレンと二人で驚いたばかりだ。
町長に質問されたダニエラは、憤然とした様子でセレンに尋ねた。
「あなたが誰に話をしたのか教えてくださる? この件は私が持って帰って、エイブンザークに調べさせるわ。自国民を勝手に他国に連れていかれて、それを黙って見ているような首脳陣などいない方がましよ!」
おお、だいぶお怒りのようだ。
この話をする前に、珠美の作った水引のイヤリングが気に入ってしまい、バーバラに無理を言って分けてもらっていた、あの可愛いらしいおばあちゃまとは、まったくの別人に見える。
頼もしい援軍が現れたので、セレンはホッとしていた。
パーティが終わって帰ろうとしていたら、バーバラに呼び止められた。
「タマミ、エイブンザーク夫人にあの見本で置いておこうと思ってたアクセサリーが売れちゃったでしょ?」
「ああ、銀を使った高級品のアクセですね」
「ええ、今日のお客さんの様子を見てたら、あれを何度も触って見ていた人が多かったの。後から欲しいって言ってくる人がいるかもしれないから、何個か値段が高めのアクセサリーを作っておいてもらえる?」
「はい、わかりました」
ふふふ、こういう価格が高いアクセサリーは、利益が出る。作業手順は同じなので、儲かる感じがするのよね。
他にも品薄になった製品の追加注文を受けたし、子ども用の家具の注文ももらえた。
これは懐が潤うなぁ。
サミーに借りている羊毛の残金をそろそろ払ってしまえそうだ。
珠美はカインを捕まえて、見せてもらったパンフレットの中から、カード精算機の中くらいの値段のものを注文した。
今までは商売の相手がカード精算機を持っていたので必要なかったが、この調子で仕事を増やしているといずれ必要になってくるだろう。
「ありがとうございます! それじゃ用意しておくから、ポコットへトルーサ茶を届けにきた時にでもうちの会社に寄ってね」
カインも思わぬ営業ができて、ルンルンだ。
「ええ、お願いします」
こういう機械を自分で持つと、なんかいっぱしの商売人になった感じがする。
ポレーヌ川を帰っていくセレン、珠美、それにペロルの三人は、それぞれが大きな満足を覚えながら船に揺られていた。




