ルバーブパイと空飛ぶ魔女
初夏の強い日差しが射し始めてルバーブが硬くならないうちに、珠美はパイを作ることにした。
朝の畑の見回りがすむと、珠美は握り飯や卵焼きを作り、弁当を用意した。メインのおかずはココットの唐揚げだ。
それを見ていたのだろう、朝食の後、ゆったりとハーブティーを飲んでいたゼスが、自分もついていくと言い出した。
「美味そうな弁当だね。僕もお供するよ」
「え? 昨日、地下室を作らされてひどく疲れたから、当分の間ダラダラさせてくれと言ってませんでした?」
「アハハ、そんなことを言ったっけ?」
もう、調子のいい男だな。
「神庭の滝まで歩くので結構ありますよ。ついてこれますか?」
「う、頑張ります」
珠美たちはミーニャに送られて、ペロルを先頭にハイキングに出発した。
進んでいく林の木陰は気持ちよく、やわらかい新緑の葉が太陽に照らされてピカピカ光っている。
しばらく歩いていると、最後尾を歩いていたゼスがいつかの珠美のようなことを言い出した。
「あのー、まだ着かないの?」
珠美は思わず笑ってしまったが、ペロルの返事は変わらない。
「うーん、もうちょっと」
「さっきもそんなことを言ってたよね」
ゼスはぶつぶつとぼやいていたが、一度、休憩した後に、なぜか急に足取りが軽くなりスイスイ歩くようになった。
珠美が不思議に思ってゼスに尋ねると、『身体強化』魔法を使っているのだという。
「それってどうやって使うんですか?」
「タマミさん、転生者なら身体全体に筋肉があることを知ってますよね」
「はい、知ってます」
「その筋肉に魔力をまとわせるように想像するんです。バネやゴムの強化というか、そんな意識で」
「へぇー」
珠美も統一呪文を唱えた後でやってみたら、結構簡単に『身体強化』ができた。
足取りが軽いどころか、月に行った宇宙飛行士の歩き方のように、重力をあまり感じない。途中で小川を飛び越えた時には、だいぶ高いところにある木の枝に頭をぶつけそうになった。
「うわわっ、これって飛ぶこともできるの?!」
空高く飛び上がった珠美を見ていたゼスは、呆れた顔をしていたが、その後、思ってもみない提案をしてきた。
「本当にタマミさんは規格外だなぁ。なんか『身体強化』のレベルが違いすぎる。えっと、あなたに『飛行』を教えるのはどーなのかとも思うんですが、面白そうなのでやってみますか?」
「ええっ?! 空が飛べるんですか?!」
「はい、飛べますよ。まぁ、よほどの魔力持ちでないとできませんがね。まず自分の周りの空気と自分の身体の比重を逆転させるんです」
「??」
「わかりませんか? うーん、そうですね。自分の身体が羽のように軽いと思いこむんです。そして自分の上にある空気を下に押し込んでいくと、身体が浮かび上がります。僕が知っている転生者で『飛行』を覚えた男は、ジェット噴射とか言ってましたね」
ははぁ、なんとなくわかった気がする。
「やってみます! 【ドルーチェ コリアンズ ダンバール】飛べっ!」
両手をファイティングポーズのようにして、ア〇ムのように片手をグンッと空へ伸ばす。顔を上へ向けると珠美の身体は徐々に浮かび上がった。
今度は足の裏にジェット噴射をイメージする。
その途端にブワンッという空気の塊を押し出すような音がして、珠美は上空へ飛び上がった。
真っ青な空の中で上も下もわからずに自分がグルグル回って宇宙に放り出されたような心もとない気がする。
「ギャーーーッ! ストップストップ」
ジェット噴射を止めると、今度はバンジージャンプのように身体がどこまでも落ちていった。
「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇ! ぎゃ、逆噴射------っ!」
間一髪で地面との激突は避けられた。
マジ、びびったぁ~
元の場所よりもだいぶ離れたところに落ちていったので、ペロルが全速力で走って駆けつけてくれた。
しかしゼスの方は笑いすぎてお腹が痛そうだ。
「珠美! 大丈夫?!」
「な……なんとか生きてるぅ」
「今のはちょっと勢いがよすぎたね、ククッ」
「ゼスさん、ジェット噴射を想像するのはダメです。私、魔女や魔法使いが箒にまたがるわけがわかりました。空の上でつかまるものが必要なんですよ」
「フッ、フハハハッ。本当にタマミさんは面白い。そんな考察は初めて聞きました」
どうもゼスに遊ばれたような気がする珠美だったが、最初に感じたふわっとした浮遊感は心地よいものだった。
自転車に乗る時と一緒で、空を飛ぶのも少しずつ練習するのがよさそうね。
どうやら、珠美は懲りていないようだ。
神庭の滝に着き、『鑑定』でルバーブを見つけたのだが、イタドリとフキのあいのこのような見た目だった。
バーバラから葉を食べると下痢をすると聞いていたので、赤い茎だけを採って帰った。
パイ皮を作る時はバターを硬く冷やさなければならない。そうしないとサクッとしたパイ皮は作れない。
珠美はここでもゼスの教えを受け『氷』魔法を習得した。
さて、ルバーブパイを作ろう。
小麦粉に入れたバターをスケッパーで切り込み、粉をまぶした小さなつぶつぶにしたら、手早く一塊にまとめて地下室に置きに行く。
ふふふ、地下室を作っといてよかった。
パイ皮のタネが落ち着く間に、ルバーブを切って三温糖をまぶして煮込む。そこにレモン汁を絞って入れる。ゼスが白ワインを持っていたので、それも香りづけに入れた。
このまま煮込みながら、しっかりとアクを取り、とろとろのルバーブのジャムを作っておいた。
地下室からパイ皮を持ち出してきて、手の熱を伝えないように、手早く綿棒で伸ばし折りたたむ。この伸ばして折りたたむことを何度も繰り返すと、層のあるパイ皮ができる。
パイ皮は温度が上がると失敗するので、ここでも『氷』魔法を併用した。
最後に伸ばしておいたパイ皮をパイ皿に乗せてなじませ、フォークで空気穴を開けておく。
小豆を重しにして並べ、パイ皮の底の部分が浮き上がらないようにしておく。
それからストーブオーブンで、パイ皮だけを軽く下焼きをしておいた。
今度は本焼きだ。
冷やしておいたルバーブジャムを粗熱をとったパイ皮の上にたっぷりと乗せ、残った皮を網代編みにして上に乗せた。
フォークで縁を押さえて、上皮と下皮をくっつける。
卵黄をハケで表面に塗ると、下準備の出来上がりだ。
ここでパイ皮の横断面に卵黄を塗ってはいけない。そんなことをすると、パイ皮がパリッと焼けないからね。
ストーブオーブンの中にパイを入れる時には、ドキドキした。
上手く焼けますように。
珠美が箒にまたがって、外で『飛行』の練習をしていたら、ミーニャが「パイが焼けたニャ~」と呼びに来てくれた。
切り分けたパイは外がカリッと焼けていて、中はホッカホカだ。
「うニャ、美味しそう~」
「ふむ、甘酸っぱい春の味だな」
猫舌のミーニャがパイを冷ましている間に、ゼスは三切れも食べていた。
「珠美、また作ってよ」
「そうねー」
ペロルに頼まれたけれど、パイを作るのは時間がかかる。
農作業が忙しくなったらできそうにないなぁ。パイじゃなくてケーキならできるかな?
これから野イチゴやマルベリーも実り始める。
それで何が作れるかしら?
甘い物を食べることを考えていると、頬がだらしなく緩んでくる珠美だった。




