ヘイじいさんの家
村の噴水の所で会ったヘイじいさんが「家に茶でも飲みに来んか」と言って誘ってくれたので、珠美は遠慮なくお邪魔することにした。
おじいさんの家は広場を先に進んだ所にある、村の唯一の店だというスパポーン雑貨店の裏手に建っていた。
家への入り口は、昭和の雰囲気を漂わせるマサキの垣根になっていた。玄関にはちゃんと表札もあり『藤堂平助』という名前の横にはハングルのような文字が書かれている。
珠美が表札を見ていることに気づいて、おじいさんがすぐに説明してくれた。
「うちのばあさんの名前じゃ。もと韓国人でな、ミヨンという。すぐ前で店をやっとるスパポーンも、タイ人なんじゃ。この三人がここいら辺りでは珍しい地球のアジアからの転生者ということになるの」
どうやら出自が近いアジア人同士で、助け合って暮らしているらしい。
玄関に入ると靴を脱ぐようになっていて、いかにも日本家屋のようだったが、居間にいくとその部屋にはオンドルがあった。板間を歩く足元がじんわりと温かい。
「ばぁさん! お客さんを連れてきたから、茶を入れてくれ!」
おじいさんが家の奥に声をかけると「はぁい」と元気な返事が聞こえてきた。
珠美がテーブルの前に腰を落ち着けるかどうかといったタイミングで、早くもミヨンさんがお茶をお盆にのせて姿を現した。
「まぁまぁ、珍しい! 新人さんね。中国の方?」
「それが聞いて驚くな、日本人じゃ」
「あらぁ、ヘイスケさんの長年の願いがかなったのねぇ」
二人の期待に満ちた眼差しに、照れを感じながらも、珠美は頭を下げて自己紹介をした。
「突然お邪魔してすみません。地球の日本から昨日来ました、日色珠美と申します。見た目は十五歳ですが、享年は五十八歳です。前世では塾講師をやっていて、娘が二人いる主婦でした。こちらでは農場をすることになりそうです。よろしくお願いします」
「おお、五十八じゃとな?!」
珠美の自己紹介に、おじいさんたちは驚いたようだった。
「噂では一部で転生の仕方が変わってきたらしいとは聞いておったが、こうも続くと本当じゃったようじゃな」
「タマミさん、私たちの頃は亡くなった歳のままにこちらに来ていたの。ヘイスケさんは二十歳だったし、私は十八歳。今やもう八十過ぎの年寄りになっちゃったけどね」
「そうなんですか」
ミヨンさんに聞いたところによると、以前はここヘブンに来る条件として、現世で若くして亡くなってしまった人への救済措置のような意味合いがあったらしい。本来のあの世に行く前に現実に近い生活を送れる場所として、この世界が存在していたそうだ。
そのため自分の前世の記憶は曖昧で、おぼろげに国籍や生活習慣、それに名前などを覚えているだけだったのだとか。
「ということは、珠美さんはステイタスとかを持っていて魔法を使える人なんだね」
ヘイじいさんの質問に、珠美はびっくりした。
「え? みんなそうなんじゃないんですか?」
「違うよ。そんなことになったのはここ何年かのうちだと聞いてるな。わしらもサミーが来るまでは、魔法なんて本当のことだとは思っておらなんだ。この村じゃ、彼だけだよ、魔法使いは」
うわぁ、魔法ってレアものだったんだ~
「それにね、前世のある新人さんも少ないのよ。この世界に元々いた人もいるから、彼らのことを現人類、私たちのことを新人類って分類している学者もいるの」
「そうなんですか……新人ってそういう意味もあったんですね」
「ハハッ、学者どもはどうこう言って決めつけたいだけじゃ。珠美さん、そんなことは気にせんでいい。皆、等しくヘブンの住人じゃ。ただ、魔法を使うのはあのワンコロたちのような神の使徒の注意に従ったほうがいいかもしれんな。都会じゃ、新人が魔法で問題を起こして、現人魔法使いに魔法を使えんようにされたそうじゃからなぁ」
「……はい、気をつけます」
それからは村の人たちの噂話を聞かせてもらったり、平助さんに乞われて日本の現状の話などをしているうちに、お昼時になってしまった。
遠慮する珠美の言うことなど、二人とも聞いてくれず、結局、一緒にお弁当を食べることになってしまった。
ミヨンさんが箸休めにと出してくれた白菜キムチが美味しかったので、珠美がほめると「お土産にあげるわ」と大きな瓶に入れて持たせてくれた。
今度、野菜ができたら持ってこよう。
「デルム村に出てきたら、必ず寄ってくれよ」
「そうよ、私はこの世界のあなたのオンマ(母親)なんですからね」
「はい、ありがとうございます。また来ます」
別れ際に言われた言葉に、珠美は泣きそうになった。
今日、初めて会ったのに、こんなことを言ってくれるなんて……
村で最初に会った人がヘイじいさんで良かった。たくさんの情報をもらえたし、キムチまでいただいてしまった。
珠美が、ここのうちの犬と遊んでもらっていたペロルを呼ぶと、庭から泥だらけになって走ってきた。
どうやら大好きな穴掘りをしていたらしい。
「まぁ、ペロルは帰ったら川で水浴びね」
「えーーーっ、イヤだよ。水は嫌いだもん」
「それなら今度は遊び回らずに、リヤカーの番をしててね」
「はいはい、わかったよ」
そんなことを言い合いながら路地を抜けて表の通りに出ると、そこの角に目指していたスパポーン雑貨店があった。
入り口は引き戸になっていて、店の中では二人のおばさんが話をしていた。
入って正面の棚には布がたくさん突っ込んである。左手に鍬などの農作業道具があるかとおもえば、右手には生活雑貨の陳列棚があり、その奥には食料品が見え隠れしていた。
「ごめんくださぁ~い」
「ああ、いらっしゃい。用事があったら、声をかけてね。……ん? ちょっとちょっと、もしかしてあなた、新人さん?!」
「キャー、どこから来たの? スーラ星じゃなくて……ミヨンばあちゃんに似てるから地球人でしょう」
スパポーンさんらしき店員さんとおしゃべりが大好きそうなおばさんに注目されて、珠美はここでも自己紹介をすることになってしまった。
どうやら新人類というものは、どこに行っても話題にのぼるものらしい。




