地下室
朝晩はまだ涼しいが、日中は初夏のような強い日差しが射す日も多くなってきた。
珠美は暑くなる日々を見越して、今のうちに地下室を作っておくことにした。
幸いなことに、目の前には無駄に魔法量の多いゼスがいる。
いったい何をさせられるのだろうと不安なのか、どうも落ち着かない様子だ。
心配しなくても倒れるほどの重労働はさせませんよ。
「それではゼスさん、始めますね。この裏口の側にある差し掛け小屋の中にまず入ってください。ここに出入り口をこしらえて、家の台所の下に地下室を作ろうと思っているんですよ」
「地下室かい?」
「そうです。上に家が乗っかってる方が温度変化がないと思うんですよね」
「おいおい、地下室は家を建てる前に作っておくべきだろう。基礎や土台が揺らいだらどうするんだ?」
ゼスが言うのは最もだ。
珠美もそのことを懸念してなかなか手を付けられなかったというのもある。
でも土台よりも深く掘ればいいだけじゃないだろうか。
「それもあって、深く掘ろうと思っています。けれどあまり掘り過ぎるとガスが出てきたり、水がしみ出てくることがありますよね」
「ああ」
「そこでゼスさんに手伝ってもらいたいんです。本来、井戸掘りというのはそういう危険も考えて二人体制でするものです。地下室は井戸の拡大バージョンですから、魔法使いが二人いると何とかなるでしょう」
「う、まぁな」
珠美が差し掛け小屋を板敷きにして、地下室の出入り口の跳ね上げ扉を作っている間に、ゼスは「【ディグディグ ディグダ……】」と掘削魔法で、土を掘っていった。
ふふ、なんだやればできるじゃないですか。
やはり大魔法使いだけあり、掘った土を処理する時には『念力』魔法を使って土砂を外に出している。
どうやら一人でも順調に深さを稼げているようだ。
けれど珠美が扉の調整を始めた時、穴の奥の方から慌てた声が響いてきた。
「おーい、水がしみ出してきたぞ! まだ掘るのかぁ?」
やれやれ、これは扉より先に、下に手伝いに行ったほうがよさそうだ。
珠美は、掘り出された土を固めていき、土魔法でさらに『硬化』させた階段を作りながら、徐々に穴の中に下りて行った。
ゼスの側まで行くと、思っていたよりも多くの水がポタポタと土壁をつたっている。
ゼスが灯している『光』に照らされて、掘りたての壁がつやつやと輝いていた。
「やっぱりしみ出しましたね。【ドルーチェ コリアンズ ダンバール】シールド! 防水! 乾燥!」
珠美が呪文を唱えると、ゼスはなぜか驚いていた。
「タマミさんの統一呪文の使い方って、なんか色々と間違ってる気がする」
「え? どこか変ですか?」
「うーん、まず『シールド』って魔術書にないだろう。『防御』のことかな?」
「ああ、それです」
珠美はうんうんと満足そうに頷いたが、ゼスはそれを見て脱力していた。
「自分で無意識に魔法を創造してるんだもんなぁ。それがまたちゃんと発動してるのが不思議だけど……」
「まあまあゼスさん、かたいことを言わずに仕事をやっつけちゃいましょう!」
「いや、そんなに簡単に片づけられる問題じゃないんだけど……」
ぶつぶつ言っているゼスのことは放っておいて、珠美は今度は横に向かって、どんどん掘り進めていった。
ゼスは、珠美に「右側をもうちょっと広げて!」とか「床はちゃんとならしてくださいね」などと指図をされながら、いいようにこき使われていた。
「ちょ、ちょっと待て。タマミさん、君、まだ魔法量が残っているのか?」
珠美は首をかしげながら自分の身体の中を探ってみたが、別段どうということはない。
「まだ大丈夫みたいですね。もしかして、疲れました?」
「いや……まだ、疲れてない」
「じゃあ、あと少しで仕上がりますから、もうひと頑張りしてくださいねー」
珠美に明るく笑いかけられたが、ゼスは休みもなく先の見えない重労働にちょっと途方に暮れていた。けれど薄暗い地下室の中だったので、ゼスの顔がヒクヒクと引きつっているのが、珠美には見えていなかった。
ゼスにとっては何日も経過したかに思えた時、やっと農場の地下室が出来上がった。
菌を育成する部屋と食材を保存する部屋、異なった目的で使える二つの部屋を備えた超豪華バージョンになっている。
しかし珠美はお腹の『収納』からおもむろに竹や木を取り出して、さらに地下室の棚を作ろうとしたので、ゼスは全力で止めに入った。
「タマミさん、さすがにもう止めようよ! 地下にいるからわからないけど、絶対もう夕方になってるよ」
「そうですかね?」
「そうだよ、僕はお腹が空いたなぁ~ しっかり働いたから、今夜は何を食べさせてもらえるんだろう?」
「まったく……ゼスさんは食べるのが好きですねぇ」
お前に言われたくねぇよとゼスは思ったかもしれないが、無難にも彼は口を閉じていた。
二人が階段を上がって外に出ると、空は真っ赤な夕焼けになっていた。
カラスがカァカァと鳴きながら山のねぐらに帰っていく。
地下室の中で冷え込んでいた身体が、外の空気でほどけていくような気がした。
「しっかり動いてお腹も減ったので、今日は豪勢にムー肉のステーキをはりこみますか」
「おおっ、いいねぇ」
今夜の炊事場には、賑やかな話声と美味しそうな匂いが夜遅くまで漂っていた。




