ストレンジャー
珠美とペロルは即座に警戒態勢に入った。
ペロルはグルルルルと威嚇の唸り声をあげている。
「追っ手ね! 【ドルーチェ コリア……】」
「お、おいっ、待ってくれ! 怪しいものじゃないんだ!」
いや、どうみても怪しすぎる。
着崩れたほこりっぽい服、何日もクシを通していないような青い髪、それに旅人にしては手に何も持っていない。
珠美は呪文の詠唱を続けた。
「【……ンズ ダンバール】」
珠美が相手を吹き飛ばすために『高圧ウィンド』を発動しようとした時、見知らぬ男は何かを唱えながら、手から光を放った。
「【***** ***** ***チェ】」
「え……?」
珠美が放った『高圧ウィンド』は、電池が切れたようなフニャフニャした音を立てて急速にしぼんでいき、男が発した光の中に吸収されていった。
「……魔法使い?!」
「ああ、私はゼス・ダンバールという現人魔法使いだ」
「ゼス・ダンバール? どっかで聞いたような……」
「タマミ、この人は結構有名な魔法使いよ」
セレンの言葉で、珠美はハッと思い出した。
有名、ということは……
「もしかして、家にある『魔術大全』を書いた人ーーぉ?!」
「あ、やっぱり僕の本を買ってくれてたんだね~」
照れくさそうにポリポリと頭を掻くゼスの向こうに、白く雪のようなフケが舞い散るのが見えた。
…………………………………………
あの魔術書の著者って、まだ生きてたんだ。
それよりなにより、こんな浮浪者のような怪しさ全開の人が有名な魔法使いなの?
なんか、がっかり。
珠美は、あの本を書いたのは、どこかの魔法学校の校長先生のような偉大な魔法使いだと思っていた。
でも……あの魔術書の呪文って、おかしなものが多かったよね。この人が考えた文章なら、それも納得できるような気がする。
珠美たちが攻撃を止めたので、ゼスは両手を上げながらゆっくりと土手を降りてきた。
「君たちに害をなすつもりはないし、そこのエルフを捕まえるつもりもない。わかってくれたかな?」
「……わかりました。あのぅ、すみません、いきなり攻撃しちゃって」
珠美が謝るとゼスは鷹揚に頷いた。
「いや、あの状況だったら無理はないよ」
「? もしかして、セレンが王国の人に捕まっていたのを知ってるんですか?」
「うん、ハーフェンの町で君が統一呪文を使っていたところを見かけたんだ。それでちょっと気になってね。あれを習得した時って、なんか異常が出なかった?」
魔術書を書いた本人が言うくらいだから、やっぱり不具合がある呪文だったのね。
そこにセレンが口を挟んだ。
「タマミ、あなた急激に老けたわよね」
セレン、平気な顔をしてたけど、気づいてたのね。
「そうなの。ゼスさん、私は14歳ほど歳を取ってしまいました。それからステイタスにレベルやランクが表示されなくなったんです」
「ほほう、そんな変化が起きるのか。これは面白いな~」
こっちは不具合を報告しているのに、この人はいやに嬉しそうだ。思いがけない実験結果を知って喜ぶ科学者のようにも見える。
「あの、まだあるんですよ。前世の記憶の中から家族や知り合いの記憶がなくなったんです。ミーニャは人間関係の初期化だとか言ってましたけど、これ、なんとかなりませんかね」
「へぇー、それは意外なところへ影響が出てるね。君、ええっとタマミさんでいいよね? この子を連れているということは新人魔法使いなんだろ? その説明も神の使徒から聞いたのかな?」
「はい、そうです」
「そうか……んー、そうだな。そこまでいくと……階層の表示も……」
ゼスはブツブツと独り言を言いながら考え込んでしまった。
「ねぇ、寒くなってきたから、帰らない? 私はエルフの村に今回のことを報告しなければいけないし、首都や大陸中に散らばっている同胞へも警告を告げる必要があると思うんだけど」
「そうだね、あんな目に遭ってセレンは疲れてるよね。すぐに帰ろう」
「でも、船は?」
ペロルの疑問には答えずに、セレンは川の側に行くと船を呼んだ。
「【森と川との契りとともに、我、汝のもとに来る。新たなる船出を願うなり。セレン・ラシーナ】」
セレンの声に応えて、ジュブジュブと音をたてながら川底から船が上がってくる。
「あ、川の中にいたのかー」
「ええ、追っ手が探しにくるかもしれないから、私も船も隠れていたのよ」
皆で船に乗り込んで、ゼスに別れの挨拶をしようとしたら、ゼスはまだ独り言を言いながら勝手に船に乗船してきた。
「ちょっと! あの、ゼスさん」
「……ん?」
「私たちは帰るのでここでお別れをしたいんですが」
「あ、気にしないでくれ。僕もタマミさんに付いていくことにしたから」
「はあ?」
「だって統一呪文のバグを調べなきゃならないだろ? 大丈夫、迷惑はかけないから」
ゼスから漂ってくるなんともいえない臭いだけでも迷惑をかけられているような気がするんだけど。
珠美はセレンの方を見たが、セレンも肩をすくめただけで、船に出航を命じた。
夕暮れのバトック川を猛スピードで遡っていくエルフの船。
なにやら大変な問題を満載しているような気がするのは、珠美の気のせいなんだろうか。




