捕物帳
「おい、こっちに来ておとなしくしてろ!」
セレンの縄を握っていた男がだみ声で命じていたが、セレンはどこ吹く風だった。
「縄で拘束するなど、予言者に対する扱いではないでしょう」
「それはお前が逃げ出そうとするからだろうが!」
「私は仕事の途中であなた方に捕らえられたのですよ。逃げるのはあたりまえではないですか。ところで、タマミ」
え、ここで私に話を振るの?!
「な、何?」
「サミーと会うことがあるかしら?」
…………?
「えっと、花祭りでは会うと思うけど……?」
「私は不本意ながら、ガマナ王国に王宮占い師として連れていかれることになってしまったのです。そのため、今まで請け負っていた仕事ができなくなったと、彼に伝えてもらいたいんです。(助けて!)」
セレンは見張りの男に背を向けて、口だけを動かして珠美に助けを求めてきた。
珠美は頷いて、頭を高速回転させていた。
セレナにエルフの船で逃げてもらったほうがいいだろう。どうやら、ここは魔法の出番みたいね。
「わかりました。そのことをサミーに伝えればいいのね。でも今日は……橋さんのとこにお茶を買いに来たのよ。その後でラシーナに……鉄火丼を食べに行くつもり。伝えるのは夕方になると思うけど、いい?」
「橋」の所に船があることと、「お茶」の言葉から小人の山にまでいけるバトック川を想像してくれるかしら?
エルフの船を呼ぶ時の呪文の中にある『ラシーナ』の名前から後は、暗に「船に場所を聞いて、鉄火丼を食べた河原で、夕方に待っていて欲しい」と頼んだんだけど……
珠美が、暗号が通じたかどうかを尋ねて上目遣いに見上げると、セレンは目だけで頷いてくれた。
ほっ、よかった。
さすが勘が鋭いエルフだけあるよ。
「それでいいわ、くれぐれも彼に謝っておいてください」
「ええ、それじゃあセレンも……気をつけてね」
珠美は縄を持っている男に非難するような眼差しを向けたが、わざとらしくため息をついて、しぶしぶその場を離れていった。
見張りの男は、珠美がそれ以上のことをするつもりがないと思ったようで、ぶつくさ言いながらも警戒の態度をゆるめていた。
珠美は次の通りを曲がると、すぐに角まで引き返して、建物の影からセレンたちの様子をうかがった。
「ねえ、珠美、どうするつもりなの?」
ペロルも不安なのか、珠美と一緒に向こうを見ている。
「これからセレンの縄を『ウィンドカッター』で切るのよ。それから彼女を500メートルほど向こうに『念力』で飛ばそうと思うの。たぶん見張りの人たちが追いかけていくと思うから、ペロルはあっちに行って男たちの足止めをしてくれる?」
「へへ、面白そうだな。わかった、じゃあ先にあっちに行ってるねー」
「魚問屋で待ち合わせよ」
「わかったぁ」
ペロルが配置についたので、珠美はそっと呪文を唱えた。
「【ドルーチェ コリアンズ ダンバール】」
珠美の前に、シュッと小さな風が巻き起こった。その風は蛇のようにくねりながら集団に忍び寄ったかと思うと、見張りが気づかないほど素早くセレンの戒めを切り裂いた。
珠美は続けて『念力』魔法を発動する。
「うわっ、なんだ?!」
見張りの男が気づいた時には、セレンは遠くの方まで飛ばされていた。
「おいっ、エルフが逃げたぞー!!」
「追えっ、逃がすな!」
人通りが多かった街道は、突然の捕物劇にざわつき始めた。
そんな人ごみの中を、風のように素早くすり抜けて走っていくセレンの銀髪を、二人のいかつい男たちが追いかけていく。
しかしその足元に向かって、犬が横路地から飛び出してきた。勢いがついていた男たちはすぐには止まれない。二人はペロルに躓いて派手にすっ転んだ。
「痛ってー、なんだこいつ!」
「クソ犬めっ!!」
悪態をついて彼らが起き上がった時には、もうセレンの背中はゴマ粒のようになっていた。
やった!
うまくいったわ!
珠美はしめしめとほくそ笑み、喧騒に背を向けてクルリと踵を返すと、ゆったりとした足取りで魚問屋に向かった。
しかしそんな珠美の姿を、雑踏の中からじっと見ていた者がいた。
その男は「あの呪文は……」と一言つぶやくと、珠美を追って動き出した。
その後、魚問屋で落ち合った珠美とペロルは大量の海産物の買取りをして、それをすぐにお腹に『収納』した。
鮮魚店のトランスに頼まれた魚だけでなく、ミーニャへのお土産もたっぷりと買ったので二人ともホクホク顔だ。
「やっぱり卸値で買うと安いね~」
「うん、ミーニャがいい仕事だって言うはずだよ。それはそうと珠美、セレンに船を貸したのなら僕たちはどうやって帰るのさ」
「昼ご飯を食べたところで、夕方に待っててくれるはずなんだけどな」
「その暗号って、ホントに通じてるの?」
「んー、たぶん?」
二人でたわいのない話をしながらハーフェンの町を抜け、バトック川の土手を上流に向かって歩いて行く。
土手の上からは、砂地に植えられているラッキョウ畑があちこちに見えた。広い土地に青く長ぼそい葉がずらりと並んでいる。
以前、小人族の村長の奥さんに聞いていたのですぐにわかったが、遠目で見ただけだとネギやニラと間違えていたかもしれない。
そんな景色を見ながらだいぶ歩いた後、やっと弁当を食べた河原が見えてきた。
けれど、そこには船も泊まっていなかったし、エルフのセレンの姿もなかった。
「ほらぁ、いないじゃん」
「……本当だ」
午後の日差しはゆっくりと西に傾いており、海の向こうがその光を吸ってキラキラと輝いている。
川辺を吹いてくる風も少しずつ涼しくなっていた。
その時、珠美たちの後ろから草を踏みしめる音がした。
珠美が振り返ると、そこには疲れた顔をしたセレンが立っていた。
「待っていたわ、タマミ。でもあなたって、また厄介なものを連れてきたのね」
「え?」
セレンが目をやった方を珠美も見ると、土手の上に知らない人が立っていた。




