鮮魚店
いつもは町役場前の定期馬車の停留所から馬車に乗るのだが、今日はミーニャのために買い物をして帰ることにした。
馬車の停留所を過ぎで、リザン高等学院の方へ道を渡ると、商店街の入り口がある。
珠美はペロルと一緒に、石畳の道を歩いて行った。
「ねぇペロル、本当に良かったの?」
「なにがー」
「だってカインさんがミラーマに会わせてくれるって言ってたじゃない。これってチャンスでしょ!」
珠美としては、こんな絶好の機会を逃してしまったことに、ジリジリする思いがする。
でもペロルは「今日は会わなくていい」なんて、やせ我慢しちゃってさ。
珠美とカインが二人していじろうとしているのがわかったんだろうか……
「ミラーマには、また会えるよ。それよりボクはカインがちょっと気になるな」
「え、どんな風に?」
「んー、そつがない。いや、そつがなさすぎるって言ったほうがいいかな。イケメンのいい男が、平日の金曜日にわざわざ休みを取って、自分の父親の友達の引っ越しを手伝うかなぁ」
「でもそれには理由があったでしょ。聡さんたちに子どもがなかなかできなかったから、小さい頃は自分を我が子のように可愛がってくれてたって言ってたじゃない。ある意味、親戚のおじさんちみたいなもんなんじゃないの? それにそれって、イケメンは関係なくない?」
「でもさ、優しくて男前で、そんな風に昔の繋がりも大切にしているやつなんて、なんか完璧すぎてちょっとうさん臭くない? それに笑顔にちょっと影があるよね、あの人」
「もう、ペロルは考えすぎだよ~」
「そうかなぁ」
さっき聞いたのだが、カインはこのリザン町の町長の息子らしい。
町長と聡は、高等学院の時の同級生だそうだ。
聡は以前、リザンの農業組合の組合長も同級生だと言っていたので、優秀な人が多い学年だったんだろうな。
魚の匂いがしてきたので、先に魚屋に寄ってここに来た用事を済ませておくことにした。
氷と一緒にガラスケースに入れられている魚は、やはり村の店より種類が多い。
「わっ! ペロル、マグロがあるよー」
「どれどれ、ああ、あの赤身の魚か。血の気が多そうなやつだな」
「うん、あれをネギトロにして食べると美味しいんだよね。それに運賃分の値段がかかってないだけ安いな。スパポーンさんとこで買うよりも大きいサクが買えそう」
珠美に買う気が見えたのか、魚屋のおじさんがやってきた。
「いらっしゃい。奥さん、こいつはお買い得だよ。この間ハーフェンの港で大量にマグロがあがったらしくてね。いつもよりお安くさせてもらってるんだ」
おー、やっぱりこれは買いでしょう!
「もらいます! あそこの中くらいの大きさのサクをください」
「お、いいとこ知ってるねぇ。こいつは刺し身にしても漬けにしてもいいよー 骨に近い所の残りはネギトロにしな」
「ふふふ、ですね。楽しみだな」
この魚屋さんは珠美の外見を見て、すぐに刺身を提案してくれた。
ツナのそぼろ煮やツナステーキと言わなかったところをみると、地球のアジア系の食文化を知っているのかもしれない。
これからこの魚屋さんは要チェックだな。
珠美が買った魚をお腹の『収納』に入れていると、魚屋は目を見開いた。
「おお、ちょっと待った。奥さん、そりゃあなんだい? マジックバッグにしちゃ、変わってるな」
「これですか? 『新鮮適温収納倉庫』っていいまして、魔法ですね」
「え、奥さん! いや、奥さまは魔女なんですか?!」
あら、急にあらたまった喋り方になったわね。
「魔女って言われたのは初めてだけど、魔法を使えるからそうなんでしょうね」
「そりゃなんていうか、素晴らしい! ウノス、やったぜっ!」
よし、よっしと拳を握りしめて、魚屋はひどく喜んでいたが、いったいどうしたんだろう?
「奥さん、いや奥さま! このフィッシャー鮮魚店の窮地を救ってはもらえませんか? お礼はたっぷりとはずませてもらいます」
「は?」
「ちょっと、ちょっと、珠美ぃ~ これってヤバい流れじゃない?」
ペロルが心配して声をかけてきたが、時すでに遅し。
フィッシャー鮮魚店の店主である、トランスの押しの強さときたら、半端なかった。
「農場の仕事が……」などというような珠美の脆弱な拒否の態勢など、すぐに押し流され海の藻屑となって消えてしまった。
「……わかりました。その怪我をして療養されているウノスさんが復帰されるまででいいんですね」
ペロルが「あー」と言いながら、頭を抱えている。
「そうなんです。ウノスがこんなドジを踏むことなんて、今まではなかったんですよ。ハーフェンの港からこのリザン町までは、少々道が悪い陸路とはいえ、そう危険はなかったんですがね。この冬は雪が多かったでしょう? 川に架けられた橋も傷んでたんでしょうねぇ。橋の綱が片方切れて、馬もろごと川に落っこちちゃいまして…… 行商中だった他の魔法使いが通りかからなかったら、とんでもねぇことになってましたよ」
このフィッシャー鮮魚店と独占契約を結んでいる魔法使いの行商人が、川に落ちて怪我をしたため、しばらくの間そいつの代わりに荷運びをしてくれないか?
珠美が頼まれたのは、そんな仕事だった。
ウノスという行商人が命からがら最後に運んできたのが、珠美が先程買ったマグロだった。
仕事を引き受けてしまったのは、そんなマグロを適正な値段で売っていたトランスの心意気に感心したというのもある。
けれど珠美の職業欄に、新たに「海鮮物行商人」の名前が刻まれたということは、間違いない。




