引っ越し
今日は聡の家の引っ越しだ。
珠美にとっては、ポコットのアルバイトをする最後の日でもある。
エルフの船で隣村までやってきた珠美とペロルは、村の桟橋で船の管理をしていたおじいさんに道を尋ね、聡の家の場所を聞いた。
どうやら聡の家は、村の南端の街道沿いにあるらしい。
おじいさんが目印の一本杉があるのですぐにわかると言っていたので、珠美とペロルは南に向かって、村のメインストリートをぶらぶらと歩いていた。
「昨日、ヤマメのバター焼きを食べたミーニャの顔を見た?」
ペロルがクククと思い出し笑いをしている。
「目が、こんな風にまんまるになってたわね」
珠美もミーニャの驚いた顔を真似して、クスクスと笑った。
ヤマメのバター焼きがよほど美味しかったのだろう、ミーニャは今日も何か別の珍しい魚を珠美が買って帰るのを、期待しているようだ。
「たまにはスパポーン雑貨店じゃなくて、リザンの町で買い物でもしてきたらいいんじゃニャい?」
そんな風に、遠回しに言ってきた。
ハッキリとおねだりをしないところが、ミーニャらしい。
アルバイトが終わったら、リザン町の商店街で何か美味しいものを買って帰ることにしましょうか。
背の高い一本杉のすぐそばに、青い屋根の可愛らしい家が建っていた。
珠美が玄関で声をかけると、男の人の声がして、家の奥の方から背が高い金髪のイケメンが歩いてきた。
袖をまくったチェックの厚手のシャツをまる首シャツの上に羽織っていて、膝が少し汚れたジーンズをはいている。どうやら作業中だったようだ。
「はい、何でしょう?」
「あの……ここは藤堂聡さんのお宅ですか?」
「はい、そうですよ。ただ今日は引っ越しなので、ちょっと立て込んでいるんですが……」
よかった。
どうやらこの家で間違いないらしい。
「私は聡さんとバーバラが今度始める店のアルバイトをしている、珠美といいます。今日は、引っ越しの手伝いに来ました」
珠美がそう言うと、男の人はホッとしたようだった。
「ああ、聞いています。でも……珠美さんって、ソードと同じ年って聞いてたような気がしたんで、すぐにわからなくてすみません。僕は、聡さんの知り合いのカイン・コンティナンといいます。カインと呼んでください」
「カインさんですね、よろしくお願いします。あの、何から手伝ったらいいでしょうか?」
「今、聡さんたちは一回目の荷物を向こうの家に運んで行ってるんですよ。後は重たい家具なんかと子ども部屋の荷物が残ってるんだけど……あのぅ、珠美さんは、本当に魔法で大きな荷物が運べるんですか?」
カインがそういうのも無理はない。
珠美はそんなに背も高くないし、力もありそうには思えないだろう。
「運べます。魔法を使うので、力はほとんど使いません」
「へぇー、それじゃあ二階の家具を、一階のリビングに下ろしてもらえますか?」
「いいですけど、私の『収納』に入れて、全部持って行ったほうが早いと思いますよ」
「ぜ、全部? そんなに大容量のマジックバッグなんですか?!」
「ええ、まぁ」
どうやらカインは、珠美の魔法については詳しく聞いてなかったらしい。
珠美がケロリとした顔で荷物を運べるというので、ひどく驚いていた。
カインに連れられて家の奥に行くと、埃っぽい物置の中で10代の男の子が二人、言い合いをしながら遊び道具などを外に引きずり出していた。
「ランス、もっとちゃんと持てよ!」
「だってこの箱、取っ手がないんだもん。ソードがこんな大きな誕生日プレゼントをもらうから、いけないんだよ」
「お前だって、さんざんこの卓球台で遊んだくせに」
「おいおい、お前ら、またやってんのか?」
「カインさん、よかった。ちょっとこれ、持ってくれな……?」
「あれ? この人、誰?」
二人の男の子に注目された珠美は、ペコリとお辞儀をして挨拶をした。
「珠美といいます。今日は、お手伝いに来ました」
珠美の挨拶を聞いて、二人ともいやにショックを受けたようだったが、先に我に返ったのは、弟のランスだった。
「この人、本当にソード兄ちゃんと同い年なの?」
「あぁー、ええっと……同い年っていうか、ちょっと前まで、見た目はそうだったっていうか……」
うーん、どう説明したらいいんだろう。
「やっぱり僕が聞いてたのは間違ってなかったか。珠美さんはなんか事情があって、見た目を変えたのかな? 魔法で変身することってできるの?」
カインにも、そう言われてしまっては仕方がない。
珠美は魔法の呪文を統一したために、設定年齢が変わってしまったことを、かいつまんで三人に説明した。
「……そんなことがあるんだ。不思議な話だねぇ」
「はぁ、なんともおかしなことになってしまいました」
「で、珠美さんは今は29歳なんですね」
「ええ、ちょっと老けちゃいました」
「ちょっとって、君」
カインさんは苦笑いをしていたが、珠美にとっては些細な変化だ。
ちなみにカインさんは31歳で、聡さんの長男のソード君はもうすぐ15歳、次男のランス君は12歳になったばかりだそうだ。
そう言われて比べてみれば、ここの子どもたちの年代から一気にカインさん世代になってしまったので、知り合いに会えば驚かれるのかもしれない。
これからいちいち説明して回らなければいけないのか。
はぁ~ なんか、めんどくさいことになっちゃったな。
この後、珠美がそこらじゅうの荷物や家具に触って、ポイポイとお腹の『収納』に入れていくのを、男三人は唖然として見ていた。
すぐに家の中が空っぽになったので、家に鍵をかけて、皆で町まで移動することになった。
けれど川まで行って、エルフの船に乗った途端に、三人とも顔を強張らせた。
「珠美、もしかしてこの船、オヤジが言ってたやつじゃないだろうな?」
「よく知ってるね、ソード君。結構スピードが出るから、しっかりつかまっててね」
「兄ちゃん、俺、目をつむってていい?」
「僕が、二人の手を握っているよ。大丈夫、怖くないさ……」
兄弟をなだめているカインの声も、ちょっと硬くなっている。
完璧にビビりまくっている人間たちを、ペロルとエルフの船は笑っているようだった。
「期待通りにスピードをあげてやったら?」
ペロルの言葉に、船はゆらりと横揺れをして、応えているように見えた。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
大きな叫び声を響かせながら、船は一路、リザンの町へ向かって走り始めた。
もちろん、最高速度に挑戦したであろうことはいうまでもない。




