変身
「やっちゃったかもニャ……」
ミーニャが眉間に手を置いて、苦悶している。
その横では、眩しい光に驚いて駆けつけてきたペロルが、目を剥いて珠美の顔を凝視していた。
「どうしたんだよ珠美! なんでそんなに老けちゃったの?!」
え? 老けたってどういうこと?
あ、そういえばステイタスの年齢が変わってたわね。
寝室に行って鏡を確認した珠美は、思わず両手を自分の頬に置いてしまった。
なにこれ?
えーーっ、朝見た時とは全然違う顔だ……
ポッチャリと健康的に膨らんでいた頬は、適度に引き締まっていた。
29歳という年齢に相応しい、どこか落ち着きがある大人の顔つきになっている。
この顔ってどっかで見たことがあるなぁ。
珠美がそう思ったのも無理はない。生前、家族と一緒によく旅行に行った頃の珠美の姿がそこにあった。
つまりアルバムで繰り返し見ていた若かりし頃の珠美の顔ではあったのだが、いかんせん15歳だった朝の姿と比べると、確実に老けて見える。
「ご、ごめんニャ、珠美ぃ。ここまで基本設定が変化するとは思ってなかったニャ」
ミーニャが申し訳なさそうに寝室の戸口から顔をのぞかせたが、珠美としてはそんなに悪くはないと思っていた。
「うん……びっくりしたけど、驚きが落ち着いてきたら、これはこれで悪くないかも。それに老けたっていっても、これぐらいだとまだ若いじゃない」
振り返ってミーニャの方を見て笑う珠美に、ミーニャも安心したりちょっと呆れたりしているようだった。
「ホントに珠美って、そういうところを気にしないニャ」
「ふふ、見た目は皮一重よ。これはおばあちゃんに聞いたんだったかな? えっ……ミーニャ、ミーニャ、ミーニャ!!」
突然、頭を押さえて大声を出し始めた珠美に、ミーニャは慌てて部屋の中に駆けこんできた。
「どうしたニャ?! 頭が痛いのかニャ?」
「違う! そんなんじゃなくて……思い出せない、おばあちゃんの顔……」
「あ、そこもか」
「そこもって、どういうこと?!」
見た目が老けたことは気にならなかった珠美だが、家族のことを思い出せないのはショックだった。
生前の家族や知り合いの姿を思い出そうとしてみたが、みんなの顔が出てこないだけではなく、自分がどんな仕事をしてどんな人生を送っていたのかもどこかおぼろげになっていた。
「なんてこと……ヘイじいさんたちが言ってたのって、こういうことだったの? ミーニャ、私、記憶喪失になっちゃったみたい」
呆然としている珠美に、ミーニャはそれは違うと首を振った。
「それは人間関係の初期化ニャ」
「初期化?」
「うん。ギフトを授けられて転生してきた人は、前世の記憶を長い間持ち続ける人が多いニャ。ヘブンに来て一か月以上経つと、徐々に前世の記憶も薄れていくみたいだけど、珠美のはそれとはまた違うニャ」
「ヘイじいさんたちのとも違うの?」
「そうニャ、少し違うと思う。たぶん『パスラン機能』の副作用のような気がするニャぁ」
ミーニャが言うには、人は死んで魂の世界にやってくると、何年かは休息するために人間世界に近い環境が整えられたエリアで生活するそうだ。
そこで英気を養って、再び魂の修行のために現実世界へ戻っていく前に、前世の記憶をすべて消して初期化されるらしい。魂の経験値はそのままにして、記憶だけを消去するので、階層の守り人と呼ばれている専門家が施す施術なのだそうだ。
「それを副作用とはいえ、やっちゃったみたいだニャ~」
ガーン
「専門家がするようなことをしてしまったということ? それって、大丈夫なの?」
「うーん……記憶を消すと身体は赤ちゃんの種になるはずなんだけど。むしろ珠美の身体は成長してしまってるし。どこかにバグが生じてるみたいだニャ。ま、いよいよおかしなことになったら神様が介入してくれるから、このまましばらくやってみるしかニャいよ」
「はぁ~、そっか」
確かに、こんなことは心配しても仕方がない。
このヘブン星での生活も自分にとっては福引のオマケみたいなものだ。
珠美は、ステイタスに書かれていたことをもう一度読んで、井戸の改修をすることにした。
名前 珠美
年齢 29歳?
種族 異世界人、ヘブン人、7階層所属
職業 農場管理者、竹林管理者、山林管理者(トルーサ山)、生活雑貨製作者、ポコット・アルバイター、建築家、大工
魔法 全般 ※ 統一呪文【ドルーチェ コリアンズ ダンバール】
※ レベルと魔力は計測できません。
この呪文だけを覚えればいいのか。
ふふふ、簡単になったなー
珠美は林の奥に入っていき、『ウインドカッター』で岩をいくつか切り出してきた。
それを『収納』して持ち帰り、井戸の側で、野菜を洗うシンクと顔や手を洗う洗面台の二つを、石を使って組み上げていく。
「ふんふん、いい感じ。大理石とまではいかないけど、綺麗に鏡面仕上げになったじゃない?」
「井戸の滑車を作るんじゃなかったの?」
珠美の作業を見ていたペロルが聞いてきた。
「ついでに使い勝手をよくしとこうと思ってね。ほら、こうするとしゃがまずに洗い物ができるでしょ? あ、水瓶のところまでパイプを作っておいたら、水を運ばなくてもよくなるわね」
珠美は石と竹を使って、簡易の水道も設置した。
滑車の方は『金属加工』魔法を使ってこしらえた。
それを吊るす屋根付きの建物を『建築』魔法で作ろうとした時に、身体がガクンと重たくなって、思わずよろよろと地面に座り込んでしまった。
「どうしたの、珠美?!」
「大丈夫よ、ちょっと疲れたみたい」
「え? 珠美がこのくらいで疲れるのぉ?」
ペロルの疑問も無理はない。
最近の珠美は、家を建て続けていても疲れ知らずだったのだ。
「ミーニャ、これって……」
「たぶん統一呪文だから、魔力効率が悪いんだニャ」
やっぱりそうか。
こうなるとめんどくさがらずに呪文を覚えていったほうが良かったのかなぁ。
「でもこのくらいが普通の魔法使いニャ」
「そういえばそうだねー」
ミーニャとペロルがそう言ってからかうので、珠美も諦めがついた。
ま、いっか。
休んで魔力が回復したら、また作ればいいだけだもんね。
しかしこうして限界まで魔力を使うことを繰り返していると、魔力を溜めこむ器が大きくなるということを、この時の珠美はまだ知らなかった。




