やっぱりつくしは外せない
ミーニャが言った通り、二つの魔法を習得した時点で、珠美はフラフラになった。
「今日はもう他の仕事は諦めて、散歩にでも行ったほうがいいかも」
「それがよさそうニャ。ペロルを連れて行くといいニャ。あの子はこの辺りのことをよく知ってるし」
「うん、そうする」
家の裏口から出て、犬小屋に声をかけると、小屋の側に穴を掘っていたペロルは喜び勇んでかけてきた。
「散歩に行こう、ペロル!」
「やったぁ。珠美に僕が大好きな景色を見せてあげるよ」
ペロルは目をキラキラさせて飛び跳ねながら、珠美の先へ立って歩きだした。
すぐにペロルを追って歩き出した珠美だったが、ふと思いたって小屋にあった竹かごを持っていくことにした。
家の東側を小川に沿ってぐるりと周り、南に面した庭に出ると、ペロルは田んぼと畑の境のあぜ道を大川の方へ進んでいった。
ふうん、庭には何も植えてないみたいね。
でも小川のそばには桜があるのか。
今朝、珠美が歩いてきた林沿いの道が、小川にかけられた木の橋にさしかかるところに、大きな桜の木がある。今ちょうど桜が満開で、散り始めた花びらが小川の水面に浮いて、サラサラと流れていっている。
春だなぁ。
珠美は存分に桜を眺めてから、あぜ道の方に歩を進めた。
青い小花をつけたオオイヌノフグリ、黄色いタンポポ、白色のタネツケバナ、紫色のムラサキサギゴケなど色とりどりの春の草花が道端に咲いている。
タネツケバナもたくさん咲いてるし、桜も満開だから、そろそろ野菜の種を蒔いた方がいいみたいね。
大川に合流するように流れている小川とこのあぜ道に挟まれた土地が、稲を植える田んぼになるのだろう。
あぜ道より一段低いその土地には、ピンク色のレンゲソウが咲き乱れていた。
なるほど、レンゲを鋤こんで肥やしにするのか。
自然農法でいいかもね。
珠美は田んぼの中に入って、丈が長く伸びた立派なスズメノテッポウをとると、中の茎を抜いた穂先を口にくわえてピーピーと鳴らした。
懐かしい。
小学校の帰り道に、よくこうやって道草をしながら遊んだなぁ。
「珠美~! 何やってんの? 早くおいでよー」
もう大川の土手に上がったペロルが、大声で珠美を呼んでいる。
「ぴーぷー(はーい)」
童心に返った珠美が土手に駆けあがると、そこには素晴らしい景色が広がっていた。
広い平野がどこまでも続いている南東の方向には、遠くに野焼きの煙が上がっている。
大きくくねりながら南の方に向かっている川沿いの道の先には、どうやら村か町があるようだ。高い建物の尖塔が春霞の向こうに見え隠れしている。
西には雪をかぶった高い山がそびえていて、山脈を作りながら西から北に尾根を伸ばしていた。
この大川は、その山々の雪解け水を含みながら西北の方向から流れてきていた。
「360度がぐるりと見渡せるなんて、こんな贅沢なことはないわね。空が広いなぁ~」
建物が近くにない、こんな大自然の懐に抱かれて農業ができるとは、夢みたいだ。
「あっちの野焼きをしているところがサミーの牧場だよ。南に見えるのがデルム村、大きな町はこの川が南部地方に流れていく方にあるんだ」
「へぇ~、川沿いに人が住んでいるのね」
「うん、人はね。西のガルデン山脈には雪男が住んでるし、北の林にはニンフやエルフの村があるよ」
「はぁ?!」
ちょっと、ペロルがなんかおかしなことを言い出したんですけど。
「今、雪男とかニンフとか言った?」
「うん。この星にはいろんな種族が住んでるんだよ。カーント大陸には酷い魔力溜まりがないから魔獣はいないけど、海の向こうにあるウノス大陸なんかは魔獣が湧き出して大変みたい。三千年ほど前に強い魔法使いがダンジョンを作って魔獣を閉じ込めたんだけど、何年かに一度は氾濫があるって神様が言ってた」
「ふ、ふうん」
魔獣っていうのは、指輪を捨てる物語の豚の化け物みたいな奴らかしら?
それともあの蜘蛛のお化けみたいな奴?
うわっ、やだやだ。
住むことになったのが、ここの大陸で良かったぁ。
家の方を見ていたペロルが、思い出したようにたずねてきた。
「それはそうと珠美、さっきつくしを食べたいって言ったんだって?」
「うん、でも卵がないから、ダメみたい。今夜は野草の天ぷらでもしようかと思って、カゴを持ってきてみたの」
「さっきミーニャがココットの卵を捕りに行くのが見えたから、つくしの卵とじができそうだよ」
「ホント?!」
おおお、ミーニャ、いい奴。
「こっちの川土手は南向きだから、つくしがたくさんあるんだ」
そう言われて足元を見てみたら、あちこちにつくしが顔をのぞかせている。
「うわっ、本当にたくさんあるーーーー!」
珠美はすぐに腰をかがめてしゃがみ込み、喜び勇んでつくしをひき始めた。
もう時期が終わりかけなので枯れ始めているのもあったが、高い草に囲まれているところには、茎の長い王様つくしがたくさんあった。
「ふっふっふ、大量だ!」
一人分なので、そんなにたくさんはいらないのに、見つけるとついついひいてしまう。
つくしマジックだね。
最後には心を鬼にして、つくしを見ないように半分目をつむりながら、家まで帰って来た。
裏庭に椅子を一脚持ってきて、つくしのハカマを取っていると、ミーニャがカゴをくわえて戻ってきた。
「やっぱり、つくしをとってきたニャ」
「へへへ、ミーニャ、卵はあった?」
「もうっ、珠美ったら。ええ、あったニャ。6個もあれば足りる?」
「じゅうぶんよ、ありがとう!」
ええっと、2個をつくしに使って、明日の朝ご飯の目玉焼きに1個、後の3個で昼のお弁当の卵焼きを作ろうかな。
ハカマを取ってきれいにしたつくしは、しっかり洗って、丈が長いものはざく切りにしておく。
たくさんあったので、半分はサッと湯がいて塩をふり、オリーブオイルに浸して油漬けにしておいた。
薪に火をつけるのは、もちろん着火魔法だ。
「『ヒツケマキツケ チャッカマン』!」
おー、便利。
【つくしの卵とじ】
⒈ 油で炒めたつくしに塩コショウをして、細かくしたかつお節(日本ではほんだし)をふり、砂糖、みりん、しょうゆで甘辛く味をつける。
⒉ 溶いた卵をまわしかけ、水分がなくなるまで炒め煮にする。
⒊ たまに味を変えて、ごま油をたらしてみても美味しい。
夕食は、お冷ご飯とつくしの卵とじと昼の残り物の味噌汁だった。
ごちそうさまでした。
外が薄暗くなってくると、すぐに寝る身支度をしてしまわないと、火の後始末などができない。
お湯を沸かして身体をふき、木綿のネグリジェを着て、口をしっかりゆすいで、なんとか真っ暗になる前に寝る用意ができた。
珠美が寝室に入ってベッドに横になると、一緒に入って来たミーニャは敷物の上に丸くなった。
「おやすみ、ミーニャ」
「おやすみニャ~」
ふふ、ミーニャはもう眠たそうね。
寝床の中で、珠美は頭に浮かんでくることをぼんやりと考えていた。
これからずっと、日が沈むとすぐに寝るのは、夜が長すぎるなぁ。ランプはないのかしら?
そういえば歯ブラシなんかも欲しいな。
食材と服と、手芸道具、種や苗も必要だし。
やっぱり明日は早起きして、村へ買い物に行ってみよう。
しかし今日は本当にいろんなことがあった。
死んだと思ったら、神様に会って、異世界に来て暮らすことになるなんて……
それに魔法も覚えちゃったしねぇ。
あっふぅ~、久しぶりによく動いたなぁ。
そろそろ寝るとしましょうか。
珠美の異世界最初の一日は、こうして終わったのだった。




