糸紡ぎと染色
ゆで卵とサラダと味噌汁の朝ご飯は、グルの食欲を刺激したらしい。
ゆで卵につけて食べるつけ塩を工夫してみたのが良かったようだ。
あら塩にハーブを混ぜたものやカレー粉との組み合わせが特に気に入ったみたいだったので、小さい瓶に小分けしておみやげに持って帰ってもらうことにした。
グルには本当にお世話になった。
商売をしに来たのに、まさかここまで手伝わせられるとは思っていなかっただろう。
「おみやげまでもらって、スマンことですなぁ。そんでそのう、毛糸のことだがホンマに今日中にできるんですかのぅ?」
グルがそういうのも無理はない。
羊毛はまだ雲のような形で珠美の『収納倉庫』にぎっしりと入っている。
「グルさんが持って帰るぐらいの量なら、午前中にできますよ。予定では夕方までかかると思ってましたけど、昨日、羊毛を洗うのを手伝ってもらったので、半日は早くできそうです。植物素材の染色で5色、普通の染色で5色ぐらい作るつもりですが、何玉ご入り用ですか?」
珠美がそう言うのを聞いて、グルはちょっと考え込んだ。
「安くしていただけるんなら、全部欲しいんですがの」
「はぁ、全部? えーっと、10色をどのくらい?」
「違いますわ。昨日の羊毛を全部毛糸でいただきたいんです」
「ええっ?! 1トンもありますよ!」
これは驚いた。
でもここで全部売ってしまうと、珠美の服にしたり、ポコットの店に卸すものがなくなってしまう。
「全部と言ってくださるのは嬉しいんですが、ポコットに卸す予定もありますし、半分くらいではいかがでしょう?」
「半分ですかぁ……しかし、こんな上質の生成りの毛糸を大量に手に入れられる機会は、そうないし。うーむ」
グルが言うには、雪男でも毛の量が少ない者もいるようで、そういう男たちは生成りの毛糸で着ぐるみのような服を編んで着るそうだ。これには大量の糸がいるらしい。
なるほど、雪男でもハゲ……いえ、毛量に悩みがある方がいらっしゃるのね。
グルと相談した結果、グルに六割、ポコットに四割という配分にすることになった。
珠美の服はポコット分の毛糸の中から調達する予定である。
はぁ~、来年は買い取る羊毛の量を減らすつもりだったけど、こんなことならもっと買っとけば良かったなぁ。
しかし染色する毛糸が少量で済むのなら、やはり午前中に毛糸を揃えられるかもしれない。
グルが畑の水やりをかって出てくれたので、珠美は朝ご飯の片付けを済ませるとすぐに、魔法を使って毛糸を紡ぐことにした。
「【フワワフ モモフ ヒツジノケ】!」
珠美が呪文を唱えると、お腹の『収納倉庫』から二つのボビンに向かって、ねじり紡がれながら白い毛糸が飛んでいく。
大きな木のボビンは作業台の上でクルクルと回転しながら、毛糸を巻き取っていった。
ボビンが毛糸でいっぱいになると、今度は二本の糸を三つ目のボビンに向かって、一本に撚り合わせていく。
最後にできた毛糸を、蒸気の球の中で、蒸し撚り止めをしていった。
まずは全部、この作業をして毛糸にしてしまうことにする。
すると半トンほどの毛糸ができた頃に、ピコンと音がして目の前に文字列がでてきた。
〔レベルアップに伴い、『羊毛』魔法が進化しました。『羊毛』は『倍速羊毛』に統合されます〕
「倍速ってことは、二倍早くできるのかしら?」
珠美が言い終わると、その言葉を待っていたかのようにボビンがキュルキュルと高速回転し始めた。
摩擦で軽く煙が出ているかのように見える。
「ニャニャッ?! なんか変な臭いがすると思ったら、魔法が暴走してる!」
ミーニャが作業小屋を覗きに来たので、珠美はさっきの文字列のことを説明しておいた。
「『倍速羊毛』だそうだから、暴走じゃないのよ、きっと」
「フニャア~、珠美はホント規格外だニャア」
呆れたように顔を振るミーニャには悪いが、このスピードならグルに必要な分だけではなく、全部の毛糸を今日中に作っておけそうだ。
最後の蒸し撚り止めをしている毛糸の玉を後にして、珠美は染色に使う素材を林に採りにきた。
「えっと、柿渋は冷染でうぐいす色や茶色になったよね。鉄媒染をしたら、どんな色になるのかしら?」
鮮やかな黄緑色をしたツルツルの柿の若葉と、剪定するように切った木の枝を『収納倉庫』に入れて帰ろうとすると、蔦がからまっている藪があった。そこは木がまばらなので、日があたる地面には一面に春の草花も咲いている。
「これは、娘たちと染色した時に使った蔦によく似てる。それに草花も素材になったような気がするな。」
珠美は蔦の葉っぱを大量にむしり取りながら、そばに咲いていた白い花が満開のハルジオンの草もついでに『ウィンド』で刈って、『収納倉庫』の中へ風で運んだ。
うん、大量大量。
後は、ハーブの染色もやってみるか。
雑誌の切り抜きにハマっていた時に、ハーブ染色の記事を見たことがあった。たぶん綺麗な草色になるんじゃないかな。
それに園長先生が玉ねぎの皮でも染められるって言ってたな。
珠美がまた熱中し始めたようだ。
これは10色で収まるのだろうか?
「『ヒタス ソメツケ イロドリリ』!」
珠美が染色魔法を発動すると、染色素材を粉砕して入れた色水の塊が、一斉に熱くなったり冷たくなったりして染液を作っていく。
これはだいたい色の重さの30倍の水で混ぜるのよね。
染液の用意ができると、その中に毛糸の束が何回も出たり入ったりし始めた。
「いい湯だな」と熱いお湯にどっぷりと浸かっている束もある。
「あ、これはもういいかも」
綺麗な緑色になった毛糸の束をいくつか珠美が指差すと、その毛糸の束は小川に飛んで行って自分を水洗いしてきた。
色止めをするために、次は焼きミョウバン、鉄、銅が入ったそれぞれの媒染液に自分が好きなものを選んで浸かってもらう。
その後はまた自ら小川で水洗いをして、毛糸の繊維を絡ませないように柔らかく絞ると、乾燥のために空の上で日向ぼっこだ。
へぇ~、ミントはウグイス色だし、ハルジオンは優しい黄色になるのね。おっ、玉ねぎの皮は意外なことに鮮やかなオレンジ色だ。でも黄色や茶色になるのもあるのか。もしかして、染液に浸かっている時間によるのかな?
柿渋は、普通に冷染すると茶色になるのに、鉄媒染すると灰色がかった紫色になる。
媒染した途端に化学反応が起きて、予想もしなかった色になる毛糸もある。
これは、面白いわ!
珠美がいろんな方法を試みていると、畑に出ていたグルが急ぎ足で帰って来た。
「タマミさん、空を飛んでる毛糸の量がいやに多いけんど、ちゃんと生成りの毛糸を確保してくれとりますよな」
「あ……」
「まさか全部、染めちまいましたか?!」
「いいえぇ、全部は染めてないわよぉ。オホッ、ホホホッ」
珠美は慌てて、染液に浸かろうとしていた毛糸の束の列を止めに行った。
危ない。
あんまり面白くて、全部染めちゃうところだったわ。
グルさんが言ってくれて助かったぁ。
後から量を比べてみると、予定していたよりも多くの毛糸を染めてしまっていたようだ。
「はぁ~、タマミさん。うちの取り分を増やして、七割にしてくれませんかのぅ」
「ご、ごめんなさい。そういうことにします……」
グルのジト目に申し訳なさがつのる。
ついね、染めるのが面白くなっちゃってさ。
結局、雪男のグルに売るのが七割、ポコットが三割ということになった。
ポコットは手芸屋じゃなくて雑貨屋さんだから、まっいいか。




