羊毛の洗濯と器具の制作
刈ったばかりの羊の毛というものは、動物の油や土汚れがついているし、干し草も紛れ込んでいる。
これをきれいに洗うにはよほどの根性が必要だが、珠美には雪男のグルと魔法の助けがあった。
『羊毛』の手作り魔法を習得しておいた、自分の先見の明をほめてやりたい。
「【フワワフ モモフ ヒツジノケ】!」
⒈ お腹の『収納倉庫』から『羊毛』魔法を使って一塊の羊の毛を呼び出すと、その塊は生きているかのように身震いして、自分で草や汚れを落としていった。
⒉ 羊毛の塊は次に、グルが小川の水を汲んでくれたタライの中へ、自主的にポチャンと入っていく。
⒊ そこに洗剤を入れ、グルが押し洗いをして洗濯した後は、珠美がタライの汚れた水を魔法で『浄化』して綺麗にしておいた。
⒋ その後、小川に飛び込んだ塊は、魚のように泳ぎながら、自らをすすいでいった。
⒌ きれいになった羊毛の塊は小川の上で胴震いして水を落とすと、空高く昇っていき、春の日差しを浴びてすっかり全身が乾燥したら、一塊ずつ珠美の『収納倉庫』へ帰って来た。お日様の匂いを吸い込んだ羊毛の塊は、ふっくらとして雲のように白くなっていた。
こんな一連の作業を繰り返して、1トンの羊毛を洗濯し終えた頃には、グルの腕は持ちあがらなくなっていた。魔法を使いすぎた珠美も、しばらく寝転んで休まないと夕食を作れなかった。
魔法を使って作業を簡略化していたとはいっても、量が量だけにものすごぉく疲れたよ~
来年はもっと少ない量を買うことにしよう、うん。
夕食は一人三個の卵を使って、ふわとろの贅沢なオムライスを作った。
ハシリの塩ゆでしたグリンピースを入れたので、綺麗な丸いグリーンが黄色の卵の中で春の色を主張している。
「タマミさんは中のケチャップご飯じゃねくて、卵にグリンピースを入れるんだなぁ」
「その方が色合いがいいでしょ? おかわりは『新鮮適温収納・倉庫』に入ってるから、いくらでも食べてね」
「ありがとうございますぅ。……あの、タマミさんのその『収納倉庫』ですけんど、適温っつうことは温かいままで飯が食えるんですか?」
「ええ。最初は買い物カゴだったんだけど、使っていくうちにランクが上がって、便利機能が増えたみたいなの」
珠美の話にグルは羨ましそうな顔をした。
「ええなぁ~、わしはこのマジックバックを手に入れるために、何年も農作業の出稼ぎをしたんですわ」
グルは大事そうに腰のカバンをなでると、辛かった若い頃を懐かしむように目を細めた。
「なるほど、それであんなに種蒔きに慣れてたのね」
「そんです。わしの親父は雪男が商売なんぞで山を下りるもんでねぇと言い張るような古くさい考えを持った頑固者だったんです。じゃが、わしが最初に仕入れて持ち帰った毛糸を見て、親父の意見は変わりました。スノーマンたちはみんな、編み物が趣味なんですわ」
「へえ、雪男が編み物……」
珠美は意外な事実に驚いたが、一年中、雪に降り込められる山での楽しみは、暖炉で作る温かい料理と、居間でみんなで編みものをすることだと言われて、納得した。
家族の中でも編み物の腕を競っているそうだが、いくつかある村が一緒になって、編み物の品評会が開催されるらしい。
「今年の品評会にはわしの村が勝たせてもらわんとな。いつまでも隣村の奴らに大きい顔をされるのは癪に障る」
はいはい、それで毛糸がないと困るのね。
毛糸にかけるグルの熱意はここからきてたのか。
その日の夜は、いつものパッチワークをする元気はなかったが、明日のためにハンドカーダーとボビンを作っておかなくてはならない。
ハンドカーダーというのは、四角い板にたくさん釘のようなものが打ち付けられていて、持ち手を持って羊毛をとかしてほぐしていく器具だ。
使い方としては、犬用のブラシが一番近いかもしれない。
ボビンは毛糸を巻き取るものだ。昔はスピンドルというコマのお化けのような器具で毛糸を巻き取っていたが、時代が進むと「眠れる森の美女」の物語で有名になった糸紡ぎの機械ができていく。
珠美の場合は魔法で紡いでいくので、木でできた大きなボビンだけを作っておくことにした。
このボビンは三個を一組として使う。
二つのボビンに巻き取った糸を「双糸」といい、この二本の糸を一本に撚り合わせて毛糸ができる。
できた毛糸は、蒸して撚り止めするらしい。
こうして蒸すことで余分な脂肪分が落ちて、糸が安定するそうだ。
ここら辺りは、幼稚園のPTA役員をしていた時に、友達に聞いた話だ。
その後は、染色をすることになるのよね。
幼稚園の園長先生が糸や布を染色するのが趣味だったので、子ども達と一緒に絞り染めのハンカチを作ったことを思い出す。あの頃は珠美も20代半ばでまだ若かった。懐かしいなぁ。
色止めをする焼きミョウバンは店で買いそろえていたが、鉄や銅でも媒染できるので、聡から預かっている金属も使ってみる予定だ。
珠美が毛糸づくりに使う器具を作り終わったのは、夜も遅い時間帯だった。
作業小屋で寝ていたグルのひどい鼾を聞きながら母屋へ向かう珠美の頬を、夜の風が優しくなでていった。




