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神様に借りた農場  作者: 秋野 木星
第一章 四月
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スノーマン

「んわっ! ………………?!!」


朝、ベッドから降りて、何気なしに窓の方を見た珠美は、目をむいて声を失ってしまった。

窓の外から、毛むくじゃらの何者かが、ギョロリとした目を窓にくっつけて部屋の中を覗いていたのだ。


珠美と目が合ったその獣は、カフェオレ色の頭の毛をボリボリとかいて、ぺこりと頭を下げると窓の外からいなくなった。



「……………なんだったの、あれ?」


珠美が呆然と突っ立っていると、敷物の上で寝ていたミーニャが眠たげに身体を揺らした。


「おはよう、珠美。……どうかしたニャ?」


「外! ミーニャ、外になんか変な生き物がいた! さっきこの部屋を覗いてたの!」


「ふーん、そう」


「そう、じゃないよ! 今日は農場の仕事がいっぱいあるのに、害獣駆除なんかしてたら、全部終わらないじゃない」


「ニャハハ、きゃあ怖いって言うんじゃなくて、やっつけに行こうとしてるところが珠美だニャア。たぶん、害獣じゃないよ。農場や珠美に害をなすものを、ペロルが黙ってるわけないニャ」


あ、そういえばそうか。

話ができる飼い犬のような気がしてたけど、ペロルって神様の使徒だったね。

護衛犬は、害獣かどうかも判断できるんだ。

珠美の脳裏に、野生の猪と戦った時のペロルの雄姿が蘇ってきた。

うん、あの時も強かったけど、あれから身体も大きくなっていってるし、任せても安心だね。


ひとまずそう安堵したものの、何かが、いや誰かが外にいることには違いない。

珠美は風魔法でベッドのシーツを窓に貼り付けながら、やっとのことで着替えをした。

バーバラの言う通りだわ。これは、カーテンを早めに取り付けなきゃね。


服を着て、タオルを首にかけて外に出ると、さっきの毛むくじゃらの害獣が、ペロルにしこたま怒られていた。


「もう、乙女の部屋を覗き見するなんて、信じられないよ!」


「えろう、すんません」


「さっきからそればっかりじゃないか! ちょっと目を離した隙に、ホントにもう……」


「すんませんなぁ」


自分は乙女ってガラじゃないけど、ペロルが指導してくれてるようだし、まっ、いいか。

珠美は井戸の水を組み上げてタライに移し、そこに両手を差し入れると、水をすくってブルブルと顔を洗った。冷たい水で口もうがいして、タオルで水気を拭きながら顔を上げると、さっきの獣がこちらを向いていた。


「おはようござりやす」


「……おはよう」


「あのう、さっきはすんませんでした! つい覗いちまって」


流暢(りゅうちょう)に言葉を(しゃべ)ってる……この獣は人間と同じように意思疎通ができるのね。

それにゴワゴワした毛に見え隠れしているようだけど、腰にカバンのようなものをぶら下げている。

見た感じは、スターウ〇ーズに出てくる、宇宙船も操縦するあの大佐が一番似ているかもしれない。ただ目の前の獣は、本物のゴリラのように背中を丸め、腰をかがめた姿勢で立っている。全身がカフェオレ色の毛に覆われていて、足はゴリラと同じように黒くて分厚い形をしていて、その大きな足でギュッと地面を掴むように踏みしめている。



「もういいわ。これからは覗かないでね。あなたはどなた? どうしてここに来たの?」


珠美が怒っていないのがわかったのか、その獣はいかつい肩を上げて大きく息をついた。


「わしゃあ、人間族には『スノーマン』と呼ばれておりやす」


「スノーマンって、もしかして雪男?!」


「はぁ、そう呼ぶ人もおるな。ガルデンの山懐(やまふところ)で長年、商売をしとるんですわ。リザンのバーバラさんに紹介されて、こちらをお訪ねしたんです」


なんと……獣だと思っていたけど、雪男の、それも商売人だった。



「人間にはスノーマンと呼ばれているということだけど、あなたには一族から呼ばれている名前があるの?」


珠美の質問は意外なものだったらしく、雪男は目をキョドキョドさせて、小さい声で『グル』と言った。


「へぇ、グルさんね。私は珠美といいます、よろしくお願いします」


「あ、こちらこそ、よろしくお願いしまっす」


「それで、バーバラから紹介されたということは、毛糸のことね」


「そうなんです。春先の忙しい時に無理をいってすまんことです。わしは以前、農家に出稼ぎに出た経験がありやす。それで、その……種蒔きのお手伝いをさせてもらおうと思って、昨晩こちらに(うかが)いやした」



グルによると、昨日は夜遅くにここへ着いてしまったため、ペロルに邪険に扱われて、林の中で眠ったそうだ。

それは申し訳ない。夜に雨が降らなくて、良かったな。


毛糸は、雪男の一族が心待ちにしている商品なので、できるだけ大量に仕入れて帰りたいらしい。

いつもの年には、春先にディスカウントされた毛糸を全部仕入れていたのに、今年はどこの店も品薄でほとほと困っていたそうだ。珠美の申し出をバーバラから聞いて、心底嬉しかったと熱く語られた。

毛糸のためなら農作業を手伝うことも(いと)わないとキッパリ言われたので、珠美も苦笑してしまった。


それはありがたい話だけれど、情熱的に毛糸を求める雪男、毛糸のために農作業も(いと)わない雪男というのが、珠美としてはどうもしっくりこない。激しく雪が降り続く人類未踏の地で、伝説となっている孤高の雪男と遭遇するというのは、珠美の世代が憧れていた淡い夢だったのかしら。



今日は、サンチュ、ホウレン草、春蒔きキャベツ、レタス、ミズナなどの葉菜類の種蒔きを中心に、サヤエンドウの種やアスパラガスの根っこなどを植えていった。

今夜が新月になるので、今後、種から芽が出て、グングンと伸びていく時期になるだろう。


雪男のグルが綿花の種蒔きをすべて請け負ってくれたので、とても助かった。

綿花は苦土石灰(くどせっかい)をしっかりと打ち込んでいる畑に点蒔きしていく。

これから大豆を植える予定の畑の西に、広大な綿花畑が続くことになった。



今日は種蒔きに一日中かかると思っていたが、グルに手伝ってもらったおかげで、昼までには予定していた作業が済んでしまった。

雪男は身体が大きいので、動きが緩慢なのかと思っていたが、グルは畑の畝の間をヒョイヒョイと移動し、器用に小さな種を植えていく。種の上に土をそっとかぶせて手で落ち着かせる様子は、まるで本職の農家の人のように堂にいっていた。


「グルさん、ありがとう。お礼に昼ご飯をご馳走するね。好きなものとか、食べられないものとかある?」


珠美が額の汗をぬぐっているグルに質問すると、グルは口をとがらせてギョロリとした目で珠美の顔色を(うかが)った。


「ホンマにわしの好きなものを頼んでもええんですか?」


「いいわよー、何を作りましょうか?」


「んなら、卵を使った料理を作ってくだせぇ。わしゃあ、卵料理が好きなんでさぁ」


「ふふ、わかったわ。ココットの卵を使って、精がつく昼ご飯を作るわね」


珠美は()でたジャガイモやブロッコリー、小さく刻んだニンジンや玉ねぎなどの野菜をたっぷりと入れて、豚ひき肉と一緒に炒め、具だくさんのスパニッシュオムレツを作った。

甘めの味付けをしたこのオムレツに、ケチャップをかけたものは、グルにものすごくウケた。


「こりゃあ、うめぇ。初めての味じゃ。世の中にはうめぇもんがあるんだなぁ」


「気に入ってくれて良かったわ。夕食はグリンピースを入れて、オムライスにしようかしら」


「オムライスは食べたことがありまっす。あれは至高の食べ物ですらぁ」


夢見るような雪男の顔がなんとも面白かったので、珠美は夕食も腕によりをかけて作ろうと思った。



昼食が終わって、午後いちの作業は、大量の羊毛を洗濯することから始まった。

1トンの羊毛を小川の水で洗い終えた時には、珠美もグルもヘロヘロになっていた。


いよいよ毛糸づくりの始まりである。

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